①有限性・死の悩み【書評】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

キリスト教
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①有限性・死の悩み【書評】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

今回はキリスト教の牧師先生である斉藤真行先生が書かれた、

その悩み、キリスト教が解決です

読んだので、
一章の「有限性」に絞って解説をします。

・人生の儚さに悩む方
・生きることそのものに悩んでいる方
・死への恐怖がある方

このような方におすすめです。

最後までお読みいただくことで、

・なぜ人生を儚く感じるのかがわかる
・人間の根源的な恐怖がわかる
・それを克服する方法がわかる

このようなメリットがありますので
ぜひ最後までお読みください。

 

 

①存在そのものについての問題

まずそもそもの大前提として、

自分の意志に関わりなく生まれ
最終的に意志に反して死んでいく

これが私たちの人生です。

つまり、

「よし生まれるぞ!」

と思って生まれたのではなく、
気づいたら生まれていて、

「死にたくない!!」

と思いながら死んでいく・・・

というのが私たちの人生です。

この運命からは誰も逃げることはできません。

私たちの根本的に
死の恐怖」を持っているのですね。

やがては来るこの恐怖を
普段はあまり考えることはないかもしれませんが、
やがては全員が直面しなければならない
大きな問題を持っているのです。

いかがでしょうか?

このような問題について
自問自答されたことはあるでしょうか?

おそらく物心がついた時くらいに
一度は考えたことのある方も多いのではないかと思います。

この時に、死についての問題を
どう対処するかでその人の在り方は大きく変わります。

 

 

②死の恐怖を克服するために私たちがすること

  • 死の問題
  • 存在そのものの問題

に常に直面することは
精神的に苦しいことなので
一般的に普段は考えないようにします。

その代わりに、この世で何かを積み上げたり、
成長させたり、集めたり、メンテナンスすることで
少しでも長く続くような感覚を得ようとします。

一番分かりやすい例はピラミッド。

ピラミッドは王様のお墓ですが、
結局、自分という存在が消えてなくなるのではなく、
これからもずっと後世に続いていく・・・

という感覚が欲しいわけです。

つまり、私たちはどこかで
自分の肉体的な死の後にも
自分の生きた証を残そうとします。

これはなぜでしょうか?

それは、私たちには、

「無限への憧れ」

があるからです。

典型的な野心の一つとして、

「後世に名を残したい!!」

といったものがありますが、
そもそもなぜそのような願望が生まれるのでしょうか?

 

繰り返しになりますが、
それは、

「無限への憧れ」

があるからです。

私たちは、財産、地位、名誉などを
かき集めて自我を強化しようとします。

そして、
自分が永続するような感覚を得たいのですが、

最終的に「死」という問題の前で負けます。

 

私たちは、無限に近づこうと
有限のものを集めようとしますが、
最終的には負ける戦いなのです。

 

著者の斉藤真行先生は

財産、名誉、地位、権力、
美しくて健康な肉体、知識・・・

こうしたものを必死で
かき集めるのが人生の主な働きですが、
このすべてがやがて消えていくとするなら、
これらを積み上げることに何の意味があるのでしょうか。

人生のあらゆる事柄に限りがあるなら、
「無限」には到達することができないとするなら、
この人生とは一体何なのでしょうか。
何のために生まれ、何のために積み上げ、
何のために消えていくのでしょうか。

【引用】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

このように述べています。

 

 

③「信仰」が真に豊かに生きる鍵

では、どうすれば、有限性の問題・・・

つまり、

  • 死の問題
  • 存在そのものの問題

に対処することができるでしょうか?

それは、

「思想」であり「宗教」です。

 

もっといえば、

「有限性を超越した無限なる存在」

に解決策を見いだすことです。

・仏教であれば「輪廻」や「解脱
・キリスト教であれば「救い

といったように、
「死」の問題に対する答えが
各宗教には準備されています。

有限性の問題を克服するのに
有限のものだけでは対処不可能です。

有限性の問題を克服するには
無限の存在が必要なのです。

 

著者の斉藤真行先生も、

私たちが財産や知識といったものを
貪欲に求めるのは、

「無限なるものへの憧れ」

があるからなのです。

自分自身が有限な存在なので、
その限界を乗り越えるための
なにか」を求めているのです。

ある人はその何かをお金に、
ある人は知識に、
ある人は異性家族に、
ある人は名誉に見出して、
それらを追い求めるのです。

しかし、こうしたあがきの後に残るものは、
失望」以外にはありません。

有限なるものを、
有限なるもので埋め合わせようとしても、
不可能である以外にはないのです。

有限なるものが満たされるには、
「無限なるもの」と繋がる以外に方法はありません。

【引用】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

このように述べておられます。

斉藤先生は伝統的な
キリスト教の牧師先生という立場から、
神への信仰が有限性(≒死)の問題を
克服することができると仰っています。

もちろん神の存在を
証明することはできませんが、
そのような無限の存在を仮定しない限り
有限性の問題を克服することはほぼ不可能でしょう。

 

このようにみていくと、
私たちがなんらかの信仰を持つことは
決して非論理的なことではありません。

一般的にスピリチュアルや宗教というと
少し怪しく思われがちです。

しかし、人生の根本的な問題を考えれば考えるほど

「人智を超越した無限なる存在」

に想いを馳せるということは極めて自然なことなのです。

私たちの心の深いところに
ポッカリと空いた穴を埋めるためには
この世の有限なものでは足りません。

死という大きな問題すらをも克服できる
無限なる存在が必要と言えるでしょう。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は私たちの持つ有限性の問題・・・

なぜ意志とは関わりなく生まれ、
なぜ意志に反して死んでいくのか・・・

このような根本的な問題に対処するには、
「無限なる存在」を仮定する必要があるという
お話をさせていただきました。

こういったテーマは、
妄信的に何かを無理やり信じ込むというよりは
理性的に一つ一つ考えることができるテーマです。

 

ここでは

「この宗教が正しい!!」

と言うことはありませんが、
ぜひ「有限性」を自覚し、
無限なる存在」について考える
きっかけとなったら嬉しいです。

 

最後まで、お読みいただきありがとうございます。

 

②人生は偶然か必然か?【書評】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

 

 

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