④人生の孤立・孤独について【書評】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

キリスト教
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④人生の孤立・孤独について【書評】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

今回は前回に引き続き、

その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

の4章「人生の孤立性」に絞って解説します。

・孤独感、孤立感に悩まれている方
・心の奥底に満たされない感覚のある方
・キリスト教など伝統宗教に興味のある方

このような方におすすめの内容となっておりますので
ぜひ最後までお読みください。

 

 

①孤立こそが人間最大の恐怖

心理学者のエーリッヒ・フロムや
交流分析の創始者エリック・バーンも言っていますが、
人間にとって最大の恐怖は

「孤独」

です。

私たちの悩みや苦しみの
根っこにあるものは
究極的には孤独です。

孤独を解消するために
私たちは常に他者からの
関心」を必要とします。

「関心」が他者から得られなければ
私たちは人生最大の恐怖である
「孤独」に直面することになるので
悪いことですらしようとしてしまいます。

例えば、
子どもは親からの関心を得られないと、
親を困らせるようなことをしてでも
注目されようとするのです。

あるいは、
お金に困っていない高齢者が
万引きをして捕まるといったことがありますが、
それも一つの理由として孤独の問題があるでしょう。

若者が犯罪に手を染めてしまうことも、
自殺などをしてしまうことも、
自傷行為などをしてしまうのも、
根本的なところを考えると
やはり孤立・孤独の問題があるでしょう。

私たちはみんな生きている実感を求めています。

・誰かに必要とされること
・誰かに理解されること
・誰かに受け入れられること

これらは私たち人間がもつ
根源的な欲求です。

このような欲求がうまく満たされないと、
先ほども述べたように、
私たちは様々な問題行動をするようになります。

・情緒不安定になる
・他人を支配する
・他人に盲目的に服従する
・自分を傷つける
・他人を傷つける

といったことをしてしまうのです。

私たちは精神的・社会的な存在なので
他者との関係性が絶対に必要な存在です。

たとえ物理的に
周囲に人がたくさんいたとしても、
心の通った交流がなければ満足できません。

・自分の考え
・自分の感情
・自分の信念
・自分の存在

などをあるがままに、
理解され、受け入れられたいという
ニーズを根源的に持っている生き物なのです。

 

私たちは過去に経験した、

・痛み
・苦しみ
・喜び
・迷い

といったものに対して、
無条件に受け入れられ、
理解されたいという願望を持っている生き物なのです。

しかし、それは、残念ながら往往にして満たされません。

 

 

②孤立の根本原因

なぜ、私たちのもつ孤独の感覚は
往往にして満たされないのでしょうか?

それは、
一人一人が完全にユニーク
一生一回の人生を生きているからです。

全く同じ時代に、全く同じ場所で、
全く同じ人間関係に囲まれて、
全く同じ体験をする人は一人としていません。

あなたの体験や経験は
歴史上、あなただけのオリジナルものなのです。

もちろん、似たような経験をした人はいます。

しかし、全く同じということはあり得ません。

私たちは共通点のある人同士だと
仲良くなれる傾向がありますが、
それは、共感し合えることで、
孤独の問題を多少は和らげることができるからです。

しかし、
どれだけ似た者同士だったとしても、
やはりバックグランドも違えば、
置かれている状況も微妙に違うはずなので
完全に受け入れられ、理解されることはありません。

 

著者の斉藤先生も、

わたしという存在は、
ただ一度しか巡ってこない時間の中を生きています。

「わたし」という存在においては、
すべてはただ1度きりなのです。
同じことは二度とめぐって来ません。

また、わたしと同じ存在は、どこにもいません。
私の心と同じ心を持つ存在もいません。
私という存在は、突き詰めて見つめてみると、
ただ一回きりの人生を、
ただ一人きりの私という存在が、
私だけの現実を生きているのです。

周囲の人と自分とは、根本的に違うのです。
ただ一人きりの私という存在が、
私だけの現実を生きているのです。

こうした違いに目覚める時、
そこから生じてくる孤立感、
孤独感は魂がふるえるほど強烈なものになります。

【引用】その悩み、キリスト教が解決です 斉藤真行 著

このように述べておられます。

いかがでしょうか?

あなたにも孤立・孤独といった感覚があり、
それを他者に埋めて欲しいというニーズはあるでしょうか?

そして、そのニーズをどのように埋めていますか?

 

 

③孤立の解決策

キリスト教の立場では、
そのような孤立感・孤独感は
究極的に「神」によってしか
解決できないとされています。

先ほども述べたように、
私たちは一生一回の人生を生き、
一人一人が完全にユニークな存在なので、
他人に100%理解され、受け入れられる
ということはあり得ません。

しかし、「神」という存在は
定義上、完全完璧な存在です。

時間や空間を超越しており、
あなたの感情や考えを全て把握しています。

あなたの主観的な体験も
客観的な状況も全てを完璧に把握している存在です。

あなたのことをあなた以上に
知っている存在が「」だということ。

例えるなら、
全てを完璧に受け入れてくれる
カウンセラーのようなものです。

ただし、普通のカウンセラーではありません。

カウンセラーはどこまでいっても
人間なので限界があります。

しかし、神は定義上無限であり、
全てを知っている存在なので限界がありません。

「あなた」という全存在を
100%完璧に受け入れてくれるのです。

 

そのような感覚があれば、
人は愛をモチベーションにして生きることができます。

 

普段、私たちのモチベーションの大半は、

「恐れ・欲望」

の2つです。

・もっとたくさんの人に認められたい
・他人から嫌われるんじゃないか
・もっと成功して特別な人間になりたい
・他人にバカにされるんじゃないか

このような感情の根っこにあるのは、
孤立感や孤独感です。

このようなモチベーションで生き続けるかぎり
心の平安を得ることはできません。

この問題は私たちが、
唯一無二のユニークな存在で、
一生一回という性質がある限り、ずっとつきまとうものです。

たとえどれほどの人格者だったとしても
人間は有限な存在なので、
あなたを100%理解して受け入れることはできないんですね。

しかし、「神」という存在は違います。

時間的な制約、物理的な制約を
完全に超越した存在なので
100%あなたを理解し、受け入れることが可能なのです。

 

 

まとめ

いかがだったでしょうか?

今回もキリスト教の神観について
解説をしました。

どれだけ強く見せたとしても、
私たちの心の深い部分では、

・自分のことを理解してほしい
・自分のことを受け入れてほしい

このような願望があります。

この願望を他人に期待すると
必ず裏切られることになりますが、
「信仰」を持てば失望に終わることはありません。

 

このように言うと、

「話はわかったけど、そんな存在いるわけないじゃん!」

と思われたかもしれません。

もちろん証明することはできませんが、
私自身はそのような存在がいると思っています。

なぜなら、
人間の欲望に対して必ず答えが準備されているからです。

・食欲であれば食べ物
・性欲であればパートナー
・睡眠欲であれば睡眠
・知識欲であれば知識

このように私たちが持つ欲望に対して
必ず答えが準備されていますよね。

なので、
・100%受け入れられたい
・100%理解されたい

このような願望にも答えがあると考えるのが自然です。

とはいえ、やはり証明することはできません。

しかし、欲望には必ず答えが
与えられているということを考えると、
神を信じることは、
決して不自然な考え方ではないと思っています。

あなたはどう思われますか?

ぜひ、コメント欄などで教えてください。

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

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