ACTと解離:トラウマからの回復への新たなアプローチ

ACT(Acceptance and Commitment Therapy)
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トラウマや解離性障害に苦しむ人々にとって、効果的な治療法を見つけることは非常に重要です。近年、アクセプタンス&コミットメント・セラピー (ACT) が、これらの問題に対する有望なアプローチとして注目を集めています。この記事では、ACTと解離の関係について詳しく探り、トラウマからの回復におけるACTの可能性を検討します。

ACTとは何か

アクセプタンス&コミットメント・セラピー (ACT) は、行動療法の「第三の波」に属する比較的新しい心理療法アプローチです。ACTは、苦痛を伴う思考や感情を変えようとするのではなく、それらを受け入れ、価値観に基づいた行動をとることに焦点を当てます[1]。

ACTの主な目標

ACTの主な目標は以下の通りです:

  • マインドフルネスと現在の瞬間とのつながりを高める
  • すべての種類の経験に対してオープンになる意欲を育てる
  • 個人的な価値観とのつながりを深める
  • 価値観に沿った行動をとることへのコミットメントを強化する
  • 思考から距離を置き (認知的脱フュージョン)、その影響を減らす
  • 人生経験全体を観察する能力を養う

これらの要素を通じて、ACTは心理的柔軟性を高め、トラウマや解離の症状に対処する新しい方法を提供します[4]。

解離とは

解離は、トラウマや極度のストレスに対する心理的防衛メカニズムの一つです。解離には以下のような症状が含まれます:

  • 現実感の喪失
  • 自己感の変化
  • 記憶の断片化
  • アイデンティティの混乱
  • 感情の麻痺

解離性障害の中でも特に重度なものとして、解離性同一性障害 (DID) があります。DIDでは、複数の異なる人格状態 (パート) が存在し、それぞれが独自の記憶や行動パターンを持つことがあります[2]。

ACTと解離:どのように関連するか

ACTは、解離性障害やトラウマ後ストレス障害 (PTSD) の治療に有効である可能性が示唆されています。以下に、ACTが解離の症状にどのように対応できるかを説明します:

経験の回避への対処

解離は多くの場合、苦痛な思考や感情を避けるための方法として機能します。ACTは、この「経験の回避」に直接取り組みます。ACTでは、不快な内的経験を避けるのではなく、それらを受け入れ、観察することを学びます[1]。

現在の瞬間への注目

解離は、現実から「切り離される」感覚をもたらすことがあります。ACTのマインドフルネス練習は、現在の瞬間に注意を向け、今ここでの経験に接触し続けることを助けます[4]。

自己概念の柔軟化

解離性障害、特にDIDでは、複数の自己状態や「パート」が存在することがあります。ACTは、固定的な自己概念にとらわれるのではなく、より柔軟な自己観を育てることを奨励します。これは、異なる自己状態を統合する上で役立つ可能性があります[2]。

価値観に基づいた行動

トラウマや解離は、しばしば人生の意味や目的の感覚を失わせます。ACTは、個人的な価値観を明確にし、それに基づいた行動をとることを重視します。これは、トラウマサバイバーが人生の新しい方向性を見出すのに役立ちます[1]。

認知的脱フュージョン

解離性障害を持つ人々は、しばしば侵入的な思考や記憶に悩まされます。ACTの認知的脱フュージョン技法は、これらの思考から距離を置き、それらに巻き込まれすぎないようにする方法を提供します[4]。

心理的柔軟性の向上

ACTの主要な目標の一つは、心理的柔軟性を高めることです。これは、変化する状況や内的経験に適応する能力を意味します。トラウマや解離の症状に対処する上で、この柔軟性は非常に重要です[3]。

ACTと内的家族システム (IFS) の統合

解離性障害、特にDIDの治療において、ACTは内的家族システム (IFS) 療法と組み合わせて使用されることがあります。IFSは、私たちの内面に存在する様々な「パート」や「サブパーソナリティ」に焦点を当てるアプローチです[2]。

IFSの3種類のパート

IFSは以下の3種類のパートを識別します:

  • マネージャー: 予期される危険から私たちを守ろうとする先制的なパート
  • ファイアファイター: トリガーが存在する時に感情的な痛みを和らげようとする反応的なパート
  • 追放者: 痛み、トラウマ、傷を抱えているパート

ACTとIFSの統合による利点

ACTとIFSを組み合わせることで、以下のような利点が得られる可能性があります:

  • 各パートに対する思いやりと理解を深める
  • パート間のコミュニケーションを改善する
  • 「自己」(Self) の概念を強化し、内的な調和を促進する
  • 価値観に基づいた行動を、すべてのパートが支持するように導く

この統合的なアプローチは、解離性障害を持つ人々が内的な葛藤を解決し、より統合された自己感覚を発達させるのに役立つ可能性があります[2]。

ACTの解離に対する効果:研究結果

ACTの解離やトラウマ関連障害に対する効果については、まだ研究が限られていますが、いくつかの研究結果が有望な結果を示しています:

PTSDに対する効果

2019年の小規模な研究では、PTSDを持つ退役軍人に対するグループACTと個人ACTの効果を比較しました。両方のアプローチでPTSD症状の改善が見られましたが、個人療法でより大きな効果が得られました。症状の改善に加えて、マインドフルネスと心理的柔軟性の向上も観察されました[4]。

トラウマ後の成長との関連

2021年の研究では、高いレベルの心理的柔軟性がトラウマ後の成長と関連していることが示されました。これは、ACTのようなアプローチが、トラウマからの回復と個人的成長を促進する可能性があることを示唆しています[4]。

解離性障害に対する潜在的効果

解離性障害に特化したACTの研究はまだ限られていますが、ACTの原理が解離の根底にある**経験の回避や現実からの「切り離し」**に対処できる可能性が指摘されています[1][2]。

複雑性PTSDへの適用

複雑性PTSDや解離性障害を持つ人々に対するACTの適用についても、初期の研究結果が報告されています。これらの研究では、ACTが従来の認知行動療法 (CBT) と同等かそれ以上の効果を示す可能性が示唆されています[5]。

しかし、これらの結果は予備的なものであり、より大規模で厳密な研究が必要です。ACTの解離性障害に対する長期的な効果や、他の治療法との比較については、さらなる研究が求められています[5]。

ACTを用いた解離への具体的なアプローチ

ACTを解離やトラウマ関連症状に適用する際、以下のような具体的な技法や戦略が用いられることがあります:

マインドフルネス練習

現在の瞬間に注意を向け、身体感覚や思考、感情を観察する練習を行います。これは、解離状態から「現実に戻る」ための助けとなります。

アクセプタンス技法

不快な思考や感情を排除しようとするのではなく、それらを受け入れる練習をします。これにより、解離を引き起こす経験の回避を減らすことができます。

価値観の明確化

トラウマや解離によって失われがちな人生の意味や目的を再発見するため、個人的な価値観を探索し、明確にします

コミットした行動

価値観に基づいた具体的な行動目標を設定し、それに向けて小さな一歩を踏み出す練習をします

認知的脱フュージョン技法

侵入的な思考や記憶から距離を置く方法を学びます。例えば、思考を「ただの言葉」として観察する練習などを行います。

自己-as-コンテキスト

変化する思考や感情を超えた、より広い「観察者としての自己」の感覚を育てます。これは、解離による自己感の混乱に対処するのに役立ちます。

メタファーの使用

ACTでは、複雑な概念を説明するためにメタファーがよく使われます。例えば、「思考のバス」のメタファーは、侵入的な思考に対処する新しい方法を理解するのに役立ちます。

内的体験の言語化

解離状態や内的体験を言葉で表現する練習を行います。これにより、体験を客観的に観察し、理解する能力が向上します。

グラウンディング技法

現在の瞬間に「接地」するための技法を学びます。これには、五感を使った練習や、身体に注意を向ける方法などが含まれます。

自己思いやりの練習

自己批判的な思考パターンに対して、より思いやりのある態度を育てる練習を行います。これは、トラウマや解離に関連する恥や自責の念に対処するのに役立ちます。

これらの技法は、セラピストの指導のもとで段階的に導入され、個々のクライアントのニーズや状況に合わせて調整されます[1][4]。

ACTを用いた解離治療の課題と注意点

ACTを解離性障害やトラウマ関連症状の治療に用いる際には、いくつかの課題や注意点があります:

安全性の確保

解離や複雑性トラウマを持つクライアントにとって、感情や身体感覚に注意を向けることは圧倒的な経験となる可能性があります。セラピストは、クライアントの安全を確保し、適切なペースで進める必要があります。

解離状態への対応

セッション中に解離状態が生じた場合、セラピストはクライアントを現在の瞬間に戻すためのスキルを持っている必要があります

複雑な症例への適応

DIDなどの複雑な解離性障害の場合、ACTのアプローチを個々のケースに合わせて慎重に適応させる必要があります

トラウマ処理との統合

ACTは主にトラウマ処理を直接的に行うものではありません。必要に応じて、トラウマ焦点化療法などの他のアプローチと組み合わせることが重要です。

長期的な効果の検証

ACTの解離性障害に対する長期的な効果については、まだ十分な研究がありません。継続的な評価と研究が必要です。

セラピストのトレーニング

ACTと解離性障害の両方に精通したセラピストが必要です。適切なトレーニングと監督が重要です。

文化的配慮

ACTのアプローチが、クライアントの文化的背景や価値観と適合しているかを確認する必要があります

薬物療法との併用

多くの場合、解離性障害の治療には薬物療法も含まれます。ACTと薬物療法の最適な組み合わせについては、さらなる研究が必要です。

これらの課題に注意を払いながら、ACTを慎重に適用することで、解離やトラウマからの回復を支援する効果的なアプローチとなる可能性があります[1][5]。

まとめ

アクセプタンス&コミットメント・セラピー (ACT) は、マインドフルネスと行動変容の原理に基づいた心理療法アプローチです。現在の瞬間に注意を向け、思考や感情を判断せずに受け入れることを学びながら、価値観に基づいた行動をとることを目指します。

ACTの主な特徴

ACTは、以下のような主な特徴があります:

  • 思考や感情を変えようとするのではなく、それらを受け入れることに焦点を当てる
  • 現在の瞬間に注意を向けるマインドフルネス練習を重視する
  • 個人の価値観を明確にし、それに基づいた行動を奨励する
  • 思考から距離を置く(認知的脱フュージョン)技法を用いる
  • 経験の回避ではなく、経験への柔軟な対処を促進する

ACTとトラウマ関連障害

ACTは、トラウマや解離性障害の治療において以下のような利点があると考えられています:

  • トラウマ体験の回避ではなく、それらを受け入れる新しい方法を提供する
  • 現在の瞬間とのつながりを強め、解離症状に対処するのに役立つ
  • 価値観に基づいた行動を通じて、人生の新しい意味や目的を見出すのを助ける
  • 侵入的な思考や記憶から距離を置く方法を学ぶことができる
  • 心理的柔軟性を高め、トラウマ反応への対処能力を向上させる

ACTの課題と注意点

ACTを解離性障害やPTSDの治療に用いる際には、以下のような課題や注意点もあります:

  • クライアントの安全性を確保し、適切なペースで進める必要がある
  • 複雑なケースでは、個々の状況に合わせて慎重に適応させる必要がある
  • トラウマ焦点化療法など他のアプローチと組み合わせることが重要な場合がある
  • ACTと解離性障害の両方に精通したセラピストが必要

今後の研究と展望

ACTは比較的新しいアプローチであり、解離性障害やPTSDに対する長期的な効果についてはさらなる研究が必要です。しかし、これまでの研究結果は有望であり、ACTがトラウマや解離からの回復を支援する効果的な方法となる可能性を示しています。

トラウマや解離の問題を抱える人々にとって、ACTは新たな希望をもたらす可能性があります。ただし、専門家の指導のもとで慎重に適用することが重要です。ACTを含む包括的な治療計画を立てることで、トラウマを乗り越え、より充実した人生を送るための道筋を見出すことができるでしょう。

参考文献

  1. PubMed. (2015). ACT for trauma. Retrieved from https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26507441/
  2. Sereincounseling. (n.d.). EMDR and ACT. Retrieved from https://www.sereincounseling.com/copy-of-emdr
  3. NCBI Bookshelf. (2020). Acceptance and Commitment Therapy. Retrieved from https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK525684/
  4. Healthline. (2022). ACT therapy for PTSD. Retrieved from https://www.healthline.com/health/mental-health/act-therapy-for-ptsd
  5. ResearchGate. (2017). Acceptance and commitment therapy and trauma. Retrieved from https://www.researchgate.net/publication/319651207_Acceptance_and_commitment_therapy_and_trauma_An_empirical_review
  6. SlideShare. (2013). ACT and dissociation. Retrieved from https://www.slideshare.net/slideshow/act-and-dissociation-acceptance-and-commitment-work-with-the-consequences-of-trauma-likes-amnesia-and-splitt/27622097
  7. NCBI. (2021). ACT and trauma. Retrieved from https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9702511/
  8. ACT Mindfully. (2020). Working with dissociation. Retrieved from https://www.actmindfully.com.au/upimages/Working_With_Dissociation_-_Russ_Harris_-_www.ImLearningACT.com.pdf
  9. NCBI. (2021). ACT for dissociation. Retrieved from https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9162402/

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