トラウマ体験は、私たちの人生に深刻な影響を及ぼすことがあります。特に長期にわたる虐待や暴力などの慢性的なトラウマは、複雑性心的外傷後ストレス障害(Complex PTSD、以下C-PTSD)という状態を引き起こす可能性があります。C-PTSDは、通常のPTSDの症状に加えて、自己認識や対人関係に関する問題を伴うことが特徴です。
本記事では、C-PTSDが自己連続性(自分が時間の経過とともに同一の人物であるという感覚)にどのような影響を与えるのか、そしてトラウマからの回復過程でどのように自己連続性を再構築できるのかについて探っていきます。
C-PTSDとは何か
C-PTSDは、長期にわたる反復的なトラウマ体験の結果として生じる精神健康上の問題です[1]。世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第11版(ICD-11)では、C-PTSDは以下の症状を含むとされています[5]:
PTSDの中核症状:
- フラッシュバック
- 悪夢
- 回避行動
- 過覚醒
自己組織化の障害(DSO):
- 感情調節の困難
- 否定的な自己概念
- 対人関係の問題
C-PTSDを引き起こす可能性のある慢性的なトラウマ体験には、以下のようなものがあります[5]:
- 長期にわたる児童虐待
- ドメスティックバイオレンス(DV)
- 人身売買
- 戦争や拷問の体験
- 長期の監禁
これらの体験に共通するのは、逃げ場がない、あるいは逃げることが危険な状況で長期間トラウマにさらされることです。
トラウマと自己連続性
自己連続性とは、過去、現在、未来の自分がつながっているという感覚のことです。健康な自己連続性は、私たちのアイデンティティの基盤となり、人生の意味や目的を見出す上で重要な役割を果たします[3]。
しかし、トラウマ体験は、この自己連続性を大きく揺るがす可能性があります。特にC-PTSDの場合、以下のような要因によって自己連続性が損なわれる可能性があります:
- 時間感覚の歪み:
トラウマ体験は、時間の流れに対する認識を歪めることがあります。フラッシュバックや侵入思考によって、過去の出来事が現在の体験として再体験されることで、時間の連続性が失われる可能性があります。 - 自己概念の変化:
C-PTSDでは、否定的な自己概念が形成されやすくなります。「自分は価値がない」「自分は壊れている」といった信念が、過去の自分と現在の自分との連続性を断ち切ってしまうことがあります。 - 解離:
重度のトラウマに対する防衛反応として、解離が生じることがあります。解離状態では、自分の体験や感情から切り離されてしまい、自己連続性の感覚が失われる可能性があります。 - ライフストーリーの断絶:
トラウマ体験は、それまでの人生の物語(ライフストーリー)を大きく変えてしまうことがあります。「トラウマ以前の自分」と「トラウマ以後の自分」との間に断絶を感じ、自己連続性が失われることがあります。
自己連続性の再構築:回復への道のり
C-PTSDからの回復過程において、自己連続性の再構築は重要な課題の一つとなります。以下に、自己連続性を取り戻すためのいくつかのアプローチを紹介します:
トラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT):
TF-CBTは、C-PTSDの主要な治療法の一つです[5]。この療法では、以下のような要素を通じて自己連続性の再構築を支援します:
- トラウマ体験の処理:安全な環境でトラウマ記憶を振り返り、その意味を再評価します。
- 認知の再構成:否定的な自己信念を特定し、より適応的な信念に置き換えます。
- スキル訓練:感情調節や対人関係のスキルを学びます。
ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(NET):
NETは、複雑性トラウマの治療に特化した療法です。この療法では、クライアントが自分の人生物語を時系列に沿って語り直すことで、トラウマ体験を人生の文脈に統合し、自己連続性を回復することを目指します。
自伝的推論の促進:
自伝的推論とは、過去の出来事と現在の自己との関連性を考える思考プロセスです[3]。セラピーの中で、以下のような問いかけを通じて自伝的推論を促進することができます:
- 「その経験は、あなたをどのように形作りましたか?」
- 「その出来事から、どのような教訓を得ましたか?」
- 「その経験は、あなたの価値観にどのような影響を与えましたか?」
価値観に基づくアプローチ:
トラウマ体験によって失われた自己連続性を再構築する上で、個人の価値観に焦点を当てることが有効な場合があります[3]。以下のような手法が用いられます:
- 尊敬する人物の特定:クライアントが尊敬する人物を挙げ、その人物が体現している価値観を探ります。
- 価値観の明確化:クライアント自身の核となる価値観を特定し、それらがどのように人生の指針となっているかを考えます。
- 未来の自己イメージの構築:価値観に基づいて、望ましい未来の自己像を描きます。
時間軸に沿った自己対話:
過去、現在、未来の自分との対話を想像することで、自己連続性の感覚を強化することができます[3]。例えば:
- 現在の自分から未来の自分へ手紙を書く
- 過去の自分に対して、現在の視点からアドバイスを送る
- 未来の自分からのメッセージを想像する
マインドフルネス実践:
マインドフルネスは、現在の瞬間に注意を向ける能力を高めます。これは、過去のトラウマに囚われたり、未来への不安に支配されたりすることを防ぎ、現在の自己との接触を促進します。
身体感覚への気づき:
トラウマは、しばしば身体に記憶されます。ヨガやボディスキャンなどの実践を通じて、身体感覚への気づきを高めることで、「今ここにいる自分」との接触を取り戻すことができます。
社会的つながりの再構築:
C-PTSDでは、対人関係の困難がしばしば見られます。しかし、安全で支持的な関係性を築くことは、自己連続性の回復に重要な役割を果たします。セラピーグループへの参加や、信頼できる人々との関係構築を通じて、社会的つながりを徐々に再構築していくことが大切です。
創造的表現:
アートセラピーや表現療法などの創造的活動は、言葉では表現しきれない体験や感情を外在化する手段となります。絵画、音楽、ダンス、詩作などを通じて、トラウマ体験を表現し、過去と現在の自己をつなぐ橋渡しとすることができます。
人生の転換点の再評価:
トラウマ体験を含む人生の転換点を再評価することで、新たな意味づけを行うことができます。例えば:
- トラウマ体験を通じて得た強さや回復力を認識する
- 苦難を乗り越えた経験から学んだことを振り返る
- トラウマ後の成長(Posttraumatic Growth)の可能性を探る
C-PTSDと自己連続性:回復の課題
C-PTSDからの回復過程で自己連続性を再構築する際には、いくつかの課題に直面することがあります:
- トラウマ記憶の統合:
トラウマ記憶は、しばしば断片化されていたり、時系列が混乱していたりします。これらの記憶を人生の物語に統合することは、困難であると同時に重要な課題です。 - アイデンティティの再定義:
長期のトラウマは、個人のアイデンティティに深刻な影響を与えることがあります。「被害者」や「生存者」としてのアイデンティティを超えて、より包括的で肯定的な自己像を構築することが求められます。 - 感情調節の困難:
C-PTSDでは、感情調節の問題がしばしば見られます。激しい感情の起伏は、自己連続性の感覚を脅かす可能性があります。感情調節スキルの獲得が、回復の重要な要素となります。 - 対人関係の再構築:
トラウマ、特に対人関係に関するトラウマは、他者との関係性に深刻な影響を与えます。信頼や親密さの問題に取り組みながら、健全な関係性を築いていくことが、自己連続性の回復にとって重要です。 - 解離への対処:
解離は、トラウマに対する防衛反応として機能しますが、同時に自己連続性を脅かします。安全な環境で徐々に解離を減らし、現実との接触を取り戻していく必要があります。 - 罪悪感や恥の感情への対処:
多くのトラウマ生存者が、不合理な罪悪感や恥の感情を抱えています。これらの感情は自己価値感を低下させ、自己連続性の感覚を損なう可能性があります。これらの感情を認識し、再評価することが重要です。 - 複雑な喪失への対処:
トラウマは、しばしば重要な他者や機会、可能性の喪失を伴います。これらの喪失を悼み、受け入れるプロセスが、新たな自己連続性の構築には不可欠です。 - トリガーへの対処:
日常生活の中で遭遇するトリガーは、突如としてトラウマ記憶を呼び起こし、現在の自己との接触を失わせる可能性があります。トリガーを特定し、対処法を学ぶことが重要です。 - 未来への不安:
トラウマ体験は、未来に対する見通しを暗くすることがあります。希望を持ち、前向きな未来像を描くことが、自己連続性の回復には重要ですが、同時に大きな挑戦でもあります。 - 社会的スティグマへの対処:
精神健康の問題に対する社会的スティグマは、自己連続性の回復を妨げる可能性があります。自己受容を深め、必要に応じて周囲の理解を求めていくことが大切です。
自己連続性の回復:希望の物語
C-PTSDからの回復と自己連続性の再構築は、決して容易なプロセスではありません。しかし、多くのトラウマ生存者たちの経験は、回復が可能であり、むしろトラウマ後の成長(Posttraumatic Growth)の機会にもなり得ることを示しています。
以下に、自己連続性の回復に成功した人々の経験から得られた洞察をいくつか紹介します:
- 回復は直線的ではない:
回復のプロセスは、しばしば前進と後退を繰り返します。一時的な後退は失敗ではなく、回復の自然な一部であると理解することが大切です。 - 小さな一歩を称える:
大きな変化は、小さな一歩の積み重ねから始まります。日々の小さな成功や進歩を認識し、称えることが、自己連続性の回復に向けた動機づけを維持する上で重要です。 - 自己compassionの実践:
自分自身に対する思いやりと理解を深めることは、自己連続性の回復に不可欠です。完璧を求めるのではなく、自分の努力を認め、優しく接することを学びます。 - 新たなアイデンティティの探求:
トラウマ体験は、新たな視点や強さをもたらすこともあります。「生存者」としてのアイデンティティを超えて、自分の価値観や情熱に基づいた新たな自己定義を探求することが、自己連続性の再構築に役立ちます。 - コミュニティとのつながり:
同様の経験を持つ人々とのつながりは、孤立感を減らし、回復への希望を与えてくれます。サポートグループやオンラインコミュニティへの参加が、自己連続性の回復を促進することがあります。 - 意味の再構築:
トラウマ体験に新たな意味を見出すことで、人生の物語を再構築することができます。例えば、自分の経験を活かして他者を支援するなど、トラウマを人生の一部として統合する方法を見つけることが重要です。 - 身体との再接続:
トラウマは身体に深い影響を与えます。ヨガ、瞑想、マインドフルネスなどの実践を通じて、身体との健全な関係を取り戻すことが、自己連続性の回復に寄与します。 - 創造性の力:
芸術、音楽、執筆などの創造的活動は、言葉では表現しきれない体験や感情を外在化する手段となります。これらの活動を通じて、過去と現在の自己をつなぐ新たな表現方法を見出すことができます。 - 時間の概念の再構築:
トラウマは時間感覚を歪めることがありますが、現在に焦点を当てる練習を通じて、より健全な時間感覚を取り戻すことができます。「今この瞬間」に注意を向けるマインドフルネス実践が特に有効です。 - レジリエンスの認識:
トラウマを乗り越えてきた自分の強さや回復力を認識することは、自己連続性の感覚を強化します。困難な状況下でも生き延びてきた自分の能力を評価し、それを未来への自信につなげることが大切です。
C-PTSDと自己連続性:専門家の見解
C-PTSDと自己連続性の関係について、多くの研究者や臨床家が重要な洞察を提供しています。以下に、いくつかの主要な見解を紹介します:
- ベッセル・ヴァン・デア・コーク博士の視点:
トラウマ研究の第一人者であるヴァン・デア・コーク博士は、トラウマが「身体に刻まれる」という概念を提唱しています。彼の研究によれば、トラウマは単なる記憶の問題ではなく、身体全体のシステムに影響を与えます。自己連続性の回復には、身体感覚への気づきと統合が重要だと指摘しています。 - ジュディス・ハーマン博士の複雑性トラウマ理論:
ハーマン博士は、複雑性トラウマが自己の断片化をもたらすと指摘しています。彼女の理論では、回復のプロセスを以下の3段階に分けています:- 安全の確立
- 想起と服喪
- 再結合と新たな関係の構築
これらの段階を通じて、断片化された自己を徐々に統合し、自己連続性を回復していくとしています。
- パット・オグデン博士のセンサリーモーター・サイコセラピー:
オグデン博士は、トラウマの影響が身体レベルで現れることに注目し、身体感覚や動きを通じてトラウマを処理する手法を開発しました。この手法は、「今ここ」での身体体験に焦点を当てることで、過去のトラウマと現在の自己をつなぐ橋渡しをします。 - ダン・シーゲル博士の対人神経生物学:
シーゲル博士は、自己連続性の感覚が脳の統合機能と密接に関連していると指摘しています。彼の研究によれば、マインドフルネス実践や対人関係の質の向上が、脳の統合を促進し、自己連続性の感覚を強化する可能性があります。 - スーザン・ブライン博士のアタッチメント理論とトラウマ:
ブライン博士は、早期のアタッチメント体験がトラウマへの脆弱性や回復力に影響を与えると指摘しています。安全なアタッチメントの形成や再形成が、自己連続性の回復に重要な役割を果たすとしています。 - リチャード・テデスキとローレンス・カルホーン博士のトラウマ後成長理論:
テデスキとカルホーン博士は、トラウマ体験が個人の成長や変容をもたらす可能性があることを指摘しています。彼らの研究によれば、トラウマ後成長は以下の5つの領域で起こり得ます:- 新たな可能性の発見
- 対人関係の深化
- 個人的強さの認識
- 人生への感謝の深まり
- スピリチュアルな変容
これらの成長は、新たな自己連続性の構築に寄与する可能性があります。
- ピーター・レヴィン博士のソマティック・エクスペリエンシング:
レヴィン博士は、トラウマが身体に「凍結」されたエネルギーであるという概念を提唱しています。彼のアプローチでは、身体感覚に注意を向け、凍結したエネルギーを徐々に解放することで、トラウマの影響から解放されるとしています。この過程は、身体レベルでの自己連続性の回復につながる可能性があります。 - ベヴァリー・タトゥム博士のアイデンティティ発達理論:
タトゥム博士は、トラウマがアイデンティティ発達に与える影響について研究しています。特に、社会的アイデンティティ(人種、性別、性的指向など)とトラウマの相互作用に注目し、これらの要因が自己連続性の感覚にどのように影響するかを探っています。 - ジャニーナ・フィッシャー博士の構造的解離理論:
フィッシャー博士は、複雑性トラウマが自己の構造的解離をもたらすと指摘しています。彼女の理論では、トラウマからの回復過程において、解離した自己の部分を徐々に統合していくことが重要だとしています。この統合のプロセスが、自己連続性の回復につながるとしています。 - ステファン・ポーゲス博士のポリヴェーガル理論:
ポーゲス博士の理論は、自律神経系の機能がトラウマ反応と深く関連していることを示しています。彼の研究によれば、安全感の回復と社会的つながりの促進が、自律神経系の調整を通じて自己連続性の感覚を強化する可能性があります。
C-PTSDと自己連続性:実践的アプローチ
これまでの理論的背景を踏まえ、C-PTSDからの回復と自己連続性の再構築に向けた実践的なアプローチをいくつか紹介します:
トラウマ・タイムライン:
自分の人生の重要な出来事を時系列で整理し、視覚化するエクササイズです。これにより、断片化した記憶を統合し、人生の物語に一貫性を持たせることができます。
手順:
- 大きな紙やボードを用意し、横軸に時間軸を描きます。
- 人生の重要な出来事(ポジティブなものもネガティブなものも)をカードや付箋に書き出します。
- それらを時系列に沿って配置します。
- 各出来事が自分にどのような影響を与えたか、そこから何を学んだかを振り返ります。
- 全体を見渡し、自分の人生の物語としてのつながりを見出します。
価値観の明確化ワーク:
個人の核となる価値観を特定し、それらが人生の指針としてどのように機能しているかを探るエクササイズです。
手順:
- 様々な価値観(例:誠実さ、創造性、家族、自由など)が書かれたカードを用意します。
- それらの中から、自分にとって最も重要だと感じる5-10個の価値観を選びます。
- 選んだ価値観をランク付けします。
- 各価値観について、それがなぜ重要なのか、どのように人生に影響しているかを深く考察します。
- これらの価値観に基づいて、未来の目標や行動指針を設定します。
身体スキャン瞑想:
身体感覚への気づきを高め、「今ここ」での自己との接触を促進する実践です。
手順:
- 快適な姿勢で座るか横になります。
- 目を閉じ、呼吸に注意を向けます。
- 足の指先から始めて、徐々に体の各部分に注意を向けていきます。
- 各部分で感じる感覚(温かさ、冷たさ、重さ、軽さなど)に気づきます。
- 判断せずに、ただ観察します。
- 頭のてっぺんまで到達したら、全身の感覚を一度に感じます。
- ゆっくりと目を開け、体験を振り返ります。
自己対話の手紙:
過去、現在、未来の自分との対話を通じて、自己連続性の感覚を強化するエクササイズです。
手順:
- 3つの手紙を書きます:
- a) 過去の自分から現在の自分へ
- b) 現在の自分から未来の自分へ
- c) 未来の自分から現在の自分へ
- 各手紙で、以下のような点について触れます:
- その時点での気持ち、希望、恐れ
- 学んだこと、成長したこと
- アドバイスや励まし
- 手紙を読み返し、自分の人生の連続性について考察します。
グラウンディング技法:
トリガーに遭遇した際や、解離状態に陥りそうな時に、現在の瞬間に意識を戻すための技法です。
5-4-3-2-1テクニック:
- 見える5つのもの
- 聞こえる4つの音
- 触れられる3つのもの
- 嗅ぐことができる2つのにおい
- 味わうことができる1つのもの
これらを順番に意識することで、「今ここ」での自己との接触を取り戻します。
ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(NET)の要素:
NETの手法を参考に、自分の人生物語を再構築するエクササイズです。
手順:
- 人生の重要な出来事(ポジティブなものもネガティブなものも)を時系列で並べます。
- 各出来事について、以下の点を詳しく描写します:
- その時の状況(場所、時間、周囲の様子など)
- 感じた感情
- 身体感覚
- 思考や信念
- 出来事同士のつながりや、それらが自分にどのような影響を与えたかを考察します。
- 全体を通して、自分の人生の物語としての一貫性を見出します。
自己compassionの実践:
自分自身に対する思いやりと理解を深めるエクササイズです。
自己compassionの3つの要素:
- a) 自己への優しさ:自己批判ではなく、自分を励まし、慰める
- b) 共通の人間性:苦しみは人間共通の経験であることを認識する
- c) マインドフルネス:感情を過度に同一化せず、バランスのとれた視点を保つ
実践:
- 困難な状況に直面したとき、上記の3つの要素を意識的に思い出します
- 自分自身に対して、親しい友人に語りかけるような優しい言葉をかけます。
- 「これは人間として普通の反応だ」と自分に言い聞かせます。
- 感情を観察し、それに巻き込まれすぎないようにします。
トラウマ後成長の探求:
トラウマ体験を通じて得られた成長や変化を認識し、新たな自己連続性の構築につなげるエクササイズです。
手順:
- 以下の5つの領域について、トラウマ後に感じた変化や成長を振り返ります:
- a) 新たな可能性の発見
- b) 対人関係の深化
- c) 個人的強さの認識
- d) 人生への感謝の深まり
- e) スピリチュアルな変容
- 各領域で具体的な例を挙げ、それがどのように自分を形作ったかを考察します。
- これらの変化や成長が、今後の人生にどのような影響を与えうるかを想像します。
安全な場所のイメージワーク:
内的な安全感を育み、自己調整能力を高めるためのイメージ技法です。
手順:
- 目を閉じ、深呼吸をします。
- 自分が完全に安全で平和を感じられる場所をイメージします(実在の場所でも想像上の場所でも構いません)。
- その場所の詳細(視覚、聴覚、触覚、嗅覚など)を意識的に思い描きます。
- そこにいる自分の感覚や感情に注目します。
- このイメージを「安全な場所」として記憶し、ストレスを感じたときにいつでも思い出せるようにします。
アイデンティティマップの作成:
自己の多面性を視覚化し、統合的な自己イメージを構築するエクササイズです。
手順:
- 大きな紙の中央に自分の名前を書きます。
- 自分を構成する様々な側面(例:職業、趣味、役割、価値観など)を周りに書き出します。
- それぞれの側面がどのようにつながっているか、線を引いて示します。
- 各側面について、その強みや課題、成長の可能性などを書き添えます。
- 全体を見渡し、これらの多様な側面が統合された一人の人間としての自分を認識します。
C-PTSDと自己連続性:回復への道のりにおける注意点
C-PTSDからの回復と自己連続性の再構築は、長期的で複雑なプロセスです。以下に、このプロセスにおいて注意すべき点をいくつか挙げます:
- 回復のペースは個人差が大きい:
それぞれの人が異なる経験と背景を持っているため、回復のスピードや過程も個人によって大きく異なります。自分のペースを尊重し、他者と比較しないことが重要です。 - セラピストとの協力関係:
専門家のサポートは回復過程において非常に重要です。信頼できるセラピストと協力関係を築き、定期的なセッションを通じて回復を進めていくことが推奨されます。 - 安全性の確保:
トラウマ記憶の処理や感情の探求は、時として圧倒的な体験となる可能性があります。常に自分の安全性を最優先し、必要に応じて休憩を取ったり、グラウンディング技法を使用したりすることが大切です。 - 解離への注意:
トラウマ記憶の処理中に解離が生じる可能性があります。解離の兆候に気づき、適切に対処する方法をセラピストと事前に話し合っておくことが重要です。 - 二次的トラウマ化の予防:
トラウマ体験を振り返る過程で、再トラウマ化のリスクがあります。適切なペース配分と、十分なサポート体制の確保が必要です。 - 自己批判への対処:
回復過程で自己批判的な思考が強まることがあります。自己compassionの実践や認知の再構成技法を用いて、これらの思考に対処することが重要です。 - 社会的サポートの活用:
信頼できる家族や友人、サポートグループなどの社会的リソースを積極的に活用することが、回復を促進します。 - 身体的健康への配慮:
十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動など、基本的な身体的健康管理が回復過程を支えます。 - 薬物療法との併用:
場合によっては、薬物療法が症状管理に有効な場合があります。医師と相談の上、適切な薬物療法を検討することも選択肢の一つです。 - 長期的視点の維持:
回復は直線的ではなく、時に後退を経験することもあります。長期的な視点を持ち、小さな進歩を認識し、称えることが重要です。
結論:希望と回復の物語
C-PTSDは、個人の自己連続性に深刻な影響を与える可能性がある複雑な状態です。トラウマ体験は、時間感覚の歪み、自己概念の変化、解離、ライフストーリーの断絶などを通じて、自己連続性の感覚を脅かします。
しかし、多くの研究や臨床経験が示すように、回復と自己連続性の再構築は可能です。トラウマ焦点化認知行動療法、ナラティブ・エクスポージャー・セラピー、身体志向のアプローチ、マインドフルネス実践など、様々な治療法や技法が開発されています。これらのアプローチは、トラウマ記憶の処理、自己概念の再構築、感情調節能力の向上、対人関係の改善などを通じて、自己連続性の回復を支援します。
回復の過程は、決して容易ではありません。時に困難や後退を経験することもあるでしょう。しかし、多くのトラウマ生存者の経験が示すように、この過程は同時に、新たな強さの発見や人生の意味の再構築、さらにはトラウマ後成長の機会ともなり得ます。
自己連続性の回復は、過去のトラウマ体験を否定したり、忘れ去ったりすることではありません。むしろ、それらの体験を人生の物語の中に統合し、新たな意味を見出すプロセスです。このプロセスを通じて、個人は過去、現在、未来の自分とのつながりを再構築し、より統合された、レジリエントな自己を形成していくのです。
C-PTSDからの回復と自己連続性の再構築は、長期的で複雑な旅路です。しかし、適切なサポートと資源、そして何より自分自身への思いやりと忍耐を持って取り組むことで、多くの人々がこの旅路を乗り越え、より豊かで意味のある人生を見出しています。
この記事が、C-PTSDに苦しむ方々やその支援者の方々にとって、希望と回復への道筋を示す一助となれば幸いです。自己連続性の回復は可能であり、それぞれの人生の物語の中に、新たな章を書き加えていく機会が必ずあることを、最後にお伝えしたいと思います。
References
- [1] https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK207192/
- [2] https://psycnet.apa.org/fulltext/2023-82563-001.html
- [3] https://www.sciencenews.org/article/trauma-distorts-time-self-new-therapy
- [4] https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9107503/
- [5] https://my.clevelandclinic.org/health/diseases/24881-cptsd-complex-ptsd
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