現代社会において、ひきこもりは深刻な社会問題として認識されています。日本で生まれたこの現象は、今や世界中で見られるようになり、その影響は個人の精神衛生から社会経済的な問題にまで及んでいます[1]。本記事では、ひきこもりという現象を自己連続性の観点から考察し、社会からの撤退が個人のアイデンティティや自己認識にどのような影響を与えるのかを探ります。
ひきこもりとは
ひきこもりは、長期間にわたって社会的な接触を避け、主に自宅にとどまり続ける状態を指します。日本の厚生労働省の定義によると、ひきこもりは以下の特徴を持つとされています[1]:
- 自宅中心の生活スタイル
- 学校や仕事に行く意欲や関心の欠如
- 症状や行動が6ヶ月以上続くこと
- 統合失調症、知的障害、その他の精神障害は除外される
この現象は1990年代後半に日本で注目されるようになりましたが、現在では世界中で報告されています。ひきこもりの原因は複雑で、個人的、家族的、社会的要因が絡み合っています[2]。
自己連続性とは
自己連続性(self-continuity)とは、時間の経過や状況の変化にもかかわらず、自分が同一の人物であるという感覚のことを指します。これは個人のアイデンティティの形成と維持に重要な役割を果たします[3]。
自己連続性には以下のような側面があります:
- 時間的連続性:過去、現在、未来の自分がつながっているという感覚
- 空間的連続性:異なる場所や状況でも自分は同じ人物であるという認識
- 社会的連続性:他者との関係の中で自己が一貫しているという感覚
ひきこもりと自己連続性の関係
ひきこもり状態にある人々の自己連続性は、しばしば挑戦を受けます。社会からの撤退は、個人のアイデンティティや自己認識に大きな影響を与える可能性があります。
時間的連続性の断絶
ひきこもり状態では、日々の生活リズムが乱れ、時間の感覚が曖昧になることがあります。過去の経験と現在の状況のつながりが見えにくくなり、将来の展望を描くことも困難になる可能性があります[4]。
これは自己連続性の時間的側面に影響を与え、自分の人生のストーリーを一貫したものとして捉えることを難しくします。
社会的役割の喪失
ひきこもりによって、学生、労働者、友人などの社会的役割を失うことがあります。これらの役割は自己アイデンティティの重要な部分を形成しているため、その喪失は自己連続性の感覚を揺るがす可能性があります[5]。
対人関係の減少
社会的接触の減少は、他者との関係性の中で形成される自己イメージに影響を与えます。自己連続性の社会的側面が弱まり、自己認識が不安定になる可能性があります[6]。
内的世界への没頭
一方で、ひきこもり状態は内省の機会を提供し、自己の内面と向き合う時間を増やすことにもなります。これは自己理解を深める機会となる可能性がありますが、同時に現実世界との乖離を生む危険性もあります。
自己連続性の維持と回復
ひきこもり状態にある人々が自己連続性を維持し、回復するためには、以下のようなアプローチが考えられます:
日常生活のリズム作り
規則正しい生活リズムを作ることで、時間の感覚を取り戻し、自己連続性の時間的側面を強化することができます。睡眠時間の調整、食事の時間設定、日中の活動計画などが有効です。
小さな目標設定
達成可能な小さな目標を設定し、それを達成していくことで、自己効力感を高め、将来への展望を持つことができます。これは時間的連続性の回復に役立ちます。
オンラインコミュニティへの参加
直接的な対面交流が難しい場合、オンラインコミュニティへの参加が社会的つながりを維持する一つの方法となります。ただし、インターネット依存のリスクには注意が必要です。
趣味や創作活動の継続
趣味や創作活動を通じて自己表現の機会を持つことは、自己アイデンティティの維持と強化に役立ちます。これは自己連続性の感覚を支える重要な要素となります。
専門家のサポート
心理療法やcounselingは、自己理解を深め、自己連続性の回復を支援する有効な手段です。認知行動療法やnarrative therapyなどのアプローチが効果的とされています。
ひきこもりと社会の関係
ひきこもりは個人の問題であると同時に、社会全体の問題でもあります。現代社会の価値観や構造がひきこもりを生み出している側面もあると指摘されています。
社会的プレッシャーと自己連続性
競争社会のプレッシャーや成功への過度な期待は、個人の自己連続性を脅かす要因となる可能性があります。社会の要求に応えられないと感じた時、ひきこもりは一種の自己防衛メカニズムとして機能することがあります。
テクノロジーと自己連続性
デジタル技術の発展は、オンライン上での自己表現や関係構築を可能にしました。これは新たな形の自己連続性を生み出す一方で、現実世界との乖離を深める可能性もあります。
社会的包摂と自己連続性
ひきこもりの人々を社会に再統合するためには、多様性を認め、個人の価値を尊重する社会的包摂の視点が重要です。これは個人の自己連続性を尊重しつつ、社会とのつながりを回復する上で不可欠です。
自己連続性の再構築 – ひきこもりからの回復プロセス
ひきこもり状態からの回復は、単に社会に戻るということだけではなく、自己連続性を再構築するプロセスでもあります。このプロセスには以下のような段階が考えられます:
自己認識の再評価
ひきこもり期間中の経験や思考を振り返り、自己に対する新たな理解を得ることが重要です。これは自己連続性の基盤を再構築する第一歩となります。
新たな自己物語の創造
過去の経験と現在の状況、そして将来の希望をつなぐ新たな自己物語(self-narrative)を作ることで、時間的連続性を回復することができます。これは自己アイデンティティの再構築にも役立ちます。
段階的な社会参加
社会との再接続は段階的に行うことが重要です。小さな社会的接触から始め、徐々に範囲を広げていくことで、社会的連続性を回復することができます。
新たなスキルの獲得
社会復帰に向けて新たなスキルを身につけることは、自己効力感を高め、自己連続性の感覚を強化します。職業訓練や教育プログラムへの参加が有効です。
支援ネットワークの構築
家族、友人、専門家などによる支援ネットワークを構築することで、社会的つながりを回復し、自己連続性の社会的側面を強化することができます。
結論
ひきこもりと自己連続性の関係は複雑で多面的です。社会からの撤退は個人の自己連続性に大きな影響を与えますが、同時にそれは自己を見つめ直す機会にもなり得ます。
ひきこもりからの回復プロセスは、単に社会に戻ることだけではなく、自己連続性を再構築し、新たな自己アイデンティティを形成していく過程でもあります。このプロセスには個人の努力だけでなく、家族や社会全体のサポートが不可欠です。
また、ひきこもり現象は現代社会の構造や価値観を反映しているとも言えます。個人の回復支援と同時に、多様性を認め、個人の価値を尊重する社会づくりが求められています。
自己連続性の視点からひきこもりを理解することで、より効果的な支援や介入方法を開発し、ひきこもり当事者の生活の質向上につながることが期待されます。今後さらなる研究と実践が必要とされる分野であり、社会全体で取り組むべき重要な課題と言えるでしょう。
参考文献
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8274427/
- https://www.researchgate.net/publication/348814032_The_Hikikomori_Phenomenon_Could_Loneliness_Be_a_Choice_of_Self-Restriction_from_Society/fulltext/6011e21845851517ef1e9655/The-Hikikomori-Phenomenon-Could-Loneliness-Be-a-Choice-of-Self-Restriction-from-Society.pdf
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6476969/
- https://www.talktoangel.com/blog/hikikomori-syndrome-its-issues-and-challenges
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10460979/
- https://www.scirp.org/journal/paperinformation?paperid=106833
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