人間関係は私たちの人生において非常に重要な役割を果たしています。特に親密な関係性は、私たちの幸福感や精神的健康に大きな影響を与えます。しかし、時として関係性が不健全になり、共依存と呼ばれる状態に陥ることがあります。
共依存は長年にわたり、心理学や自助グループの中で議論されてきたテーマです。しかし、最近の研究では、共依存という概念自体を再考する動きも出てきています。そこで注目されているのが、EFT(Emotional Freedom Techniques)という新しいアプローチです。
この記事では、共依存の本質を探り、EFTがどのようにして共依存的な行動パターンの改善に役立つのかを詳しく見ていきます。また、健全な依存関係を築くためのヒントもご紹介します。
共依存とは何か
共依存の定義と起源
共依存(codependency)という言葉は、もともとアルコール依存症患者の家族や近親者の行動パターンを説明するために使われ始めました[5]。アルコール依存症の人との関係の中で、相手を助けようとするあまり自分自身のニーズを無視してしまったり、相手の行動をコントロールしようとしたりする傾向を指していました。
しかし、時代とともに共依存の概念は拡大し、現在では必ずしもアルコールや薬物依存に限定されず、様々な不健全な関係性を説明するために使われるようになりました。
共依存の特徴
共依存的な関係性には、以下のような特徴が見られることがあります[2][5]:
- 相手の感情や行動に過度に責任を感じる
- 自分のニーズよりも相手のニーズを優先する
- 境界線の設定が難しい
- 自尊心が低く、常に他者の承認を求める
- 関係性に執着し、別れることを極端に恐れる
- 相手をコントロールしようとする
- 自分の感情を適切に表現できない
これらの特徴は、一見相手思いで献身的に見えるかもしれません。しかし、実際には両者にとって不健全な関係性につながる可能性があります。
共依存の影響
共依存的な関係性は、以下のような悪影響を及ぼす可能性があります:
- 慢性的なストレスや不安
- うつ症状
- 自己肯定感の低下
- 健全な境界線の欠如による搾取や虐待のリスク
- 本来の自分を見失う
- 人間関係の質の低下
これらの影響は、個人の精神的・身体的健康を損なうだけでなく、社会生活や職業生活にも支障をきたす可能性があります。
EFT(Emotional Freedom Techniques)について
EFTとは
EFT(Emotional Freedom Techniques)は、1990年代に開発された心理療法の一つです[1]。認知行動療法とエネルギー心理学の要素を組み合わせた手法で、身体のツボを軽くタッピング(叩く)しながら、特定の問題に焦点を当てて言葉を唱えるという独特の方法を用います。
EFTは、心理的な問題だけでなく、身体的な症状の改善にも効果があるとされており、多くの研究によってその有効性が示されています[1]。
EFTの基本的な手順
EFTの基本的な手順は以下の通りです:
- 問題の特定:取り組みたい具体的な問題や感情を明確にします。
- 強度の評価:問題の強度を0-10のスケールで評価します。
- セットアップフレーズ:「この問題があっても、自分を深く受け入れる」といったフレーズを唱えながら、「からて チョップ」のツボを叩きます。
- タッピングシーケンス:頭や顔、体の特定のポイントを軽く叩きながら、問題を思い出します。
- 再評価:タッピング後、問題の強度を再評価します。
- 繰り返し:必要に応じてプロセスを繰り返します。
EFTの効果
EFTは以下のような効果があるとされています[1]:
- 不安やストレスの軽減
- うつ症状の改善
- PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状緩和
- 痛みの軽減
- 依存症や渇望の軽減
- 幸福感の増加
- 免疫機能の向上
- 心拍数や血圧の改善
- コルチゾール(ストレスホルモン)レベルの低下
これらの効果は、複数の研究によって科学的に裏付けられています[1]。
EFTと共依存
EFTが共依存に効果的な理由
EFTは、共依存的な行動パターンの改善に特に効果的だと考えられています。その理由として以下のようなことが挙げられます:
- 感情への直接的アプローチ:EFTは感情に直接アプローチするため、共依存の根底にある不安や恐れ、自己価値の低さなどの感情的な問題に効果的に働きかけることができます。
- 身体的アプローチの統合:タッピングという身体的な要素を含むことで、単に認知的なレベルだけでなく、身体レベルでのストレス反応の軽減にも効果があります。
- 自己受容の促進:EFTのセットアップフレーズには自己受容の要素が含まれており、これは共依存の人々にしばしば欠けている自己肯定感の向上に役立ちます。
- トラウマの解消:多くの場合、共依存的な行動パターンの背景には幼少期のトラウマがあります。EFTはトラウマの解消に効果的であることが示されており[1]、この点でも共依存の改善に寄与します。
- 即時的な効果:EFTは比較的短期間で効果が現れることが多く、これは長年の共依存的パターンに苦しんでいる人々に希望を与えます。
EFTを用いた共依存への具体的アプローチ
EFTを用いて共依存的な傾向を改善するには、以下のようなアプローチが考えられます:
- 自己価値感の向上:「自分には価値がない」「相手に認められなければ意味がない」といった信念に対してEFTを行います。例:「自分には価値がないと感じていても、深く完全に自分を受け入れる」
- 境界線の設定:「ノーと言えない」「相手の要求を断れない」といった困難に対してEFTを実践します。例:「相手を怒らせることを恐れていても、自分の境界線を設定する権利がある」
- 感情の適切な表現:「自分の感情を表現することが怖い」「相手を傷つけることを恐れて本当の気持ちを言えない」といった問題に対してEFTを行います。例:「自分の感情を表現することが怖くても、それは健全な関係性のために重要だと認識している」
- 過度の責任感の軽減:「相手の幸せは全て自分の責任だ」といった信念に対してEFTを実践します。例:「相手の感情に責任を感じすぎていても、それは相手自身の責任であることを理解し始めている」
- 別れの恐怖への対処:「一人になることが怖い」「この関係が終わったら生きていけない」といった恐怖に対してEFTを行います。例:「この関係が終わることを恐れていても、自分は一人でも大丈夫だと信じ始めている」
これらのアプローチを継続的に実践することで、共依存的な行動パターンを徐々に改善していくことが可能です。
共依存の再考:効果的な依存と非効果的な依存
近年、「共依存」という概念自体を再考する動きが出てきています。その中心となる考え方が、「効果的な依存」と「非効果的な依存」という概念です[2][5]。
依存することの重要性
人間は本質的に社会的な生き物であり、他者との結びつきや依存関係は私たちの生存と幸福にとって不可欠です。実際、安全な愛着関係を持つ人々は以下のような利点があることが研究で示されています[5]:
- より長寿である
- 健康上の問題が少ない
- キャリアの成功率が高い
- より深い幸福感を経験する
つまり、他者に依存すること自体は決して悪いことではなく、むしろ健康的な人間関係の基盤となるものなのです。
効果的な依存 vs 非効果的な依存
カップルセラピストのSue Johnson博士は、「共依存というものは存在せず、あるのは効果的な依存と非効果的な依存だけだ」と述べています[5]。
効果的な依存とは:
- 互いのニーズを理解し、応答的である
- 健全な境界線を維持しながら親密さを楽しむ
- 感情を適切に表現し、相手の感情も受け止める
- 互いの成長を支援する
- 困難な時に助けを求め、また提供することができる
一方、非効果的な依存は:
- 相手をコントロールしようとする
- 過度に不安を感じたり、逆に無関心を装ったりする
- 自分のニーズを犠牲にして相手のニーズばかりを満たそうとする
- 境界線が曖昧で、自他の区別が難しい
- 感情表現が不適切(過剰であったり、抑圧されていたり)
この視点から見ると、従来「共依存」と呼ばれてきた多くの問題は、実は「非効果的な依存」の現れだと考えることができます。
EFTによる効果的な依存の促進
EFTは、非効果的な依存から効果的な依存へと移行するのに役立つ可能性があります。具体的には以下のような点で効果が期待できます:
- 感情調整能力の向上:EFTは感情調整のスキルを向上させ、より適切な方法で感情を表現し、また相手の感情を受け止める能力を高めます。
- 自己価値感の向上:自己受容を促進するEFTのアプローチは、健全な自己価値感の構築に役立ちます。これにより、過度に相手に依存したり、逆に親密さを恐れたりすることが減少します。
- 安全な愛着の形成:EFTはトラウマや不安を軽減することで、より安全な愛着関係を形成する基盤を作ります。
- コミュニケーションスキルの改善:EFTを通じて自己理解が深まることで、より効果的なコミュニケーションが可能になります。
- 境界線の健全な設定:自己と他者の区別を明確にすることで、健全な境界線を設定する能力が向上します。
これらの効果により、EFTは非効果的な依存パターンを改善し、より健全で満足度の高い関係性を築くための強力なツールとなり得ます。
EFTの実践:共依存的傾向を改善するためのエクササイズ
ここでは、EFTを用いて共依存的な傾向を改善するための具体的なエクササイズをいくつか紹介します。これらのエクササイズは、専門家の指導の下で行うのが理想的ですが、自己実践の参考としても活用できます。
エクササイズ1:自己価値感の向上
- 問題の特定:「自分には価値がない」という感覚に焦点を当てます。
- 強度の評価:この感覚の強さを0-10で評価します。
- セットアップフレーズ:「自分には価値がないと感じていても、深く完全に自分を受け入れる」と唱えながら、「からて チョップ」のツボを叩きます。
- タッピングシーケンス:以下のポイントを順にタッピングしながら、「自分には価値がない」という感覚に焦点を当てます。
- 眉の内側
- 目の外側
- 目の下
- 鼻の下
- あごの下
- 鎖骨
- わきの下
- 頭のてっぺん
- 深呼吸をして、再度強度を評価します。
- 必要に応じてプロセスを繰り返します。
エクササイズ2:境界線の設定
- 問題の特定:「ノーと言えない」という困難に焦点を当てます。
- 強度の評価:この困難の強さを0-10で評価します。
- セットアップフレーズ:「相手を怒らせることを恐れていても、自分の境界線を設定する権利がある」と唱えながら、「からて チョップ」のツボを叩きます。
- タッピングシーケンス:上記のポイントを順にタッピングしながら、「ノーと言えない」という困難に焦点を当てます。
- 深呼吸をして、再度強度を評価します。
- 必要に応じてプロセスを繰り返します。
エクササイズ3:感情の適切な表現
- 問題の特定:「自分の感情を表現することが怖い」という感覚に焦点を当てます。
- 強度の評価:この感覚の強さを0-10で評価します。
- セットアップフレーズ:「自分の感情を表現することが怖くても、それは健全な関係性のために重要だと認識している」と唱えながら、「からて チョップ」のツボを叩きます。
- タッピングシーケンス:上記のポイントを順にタッピングしながら、「感情表現の恐怖」に焦点を当てます。
- 深呼吸をして、再度強度を評価します。
- 必要に応じてプロセスを繰り返します。
これらのエクササイズを定期的に実践することで、共依存的な傾向を徐々に改善し、より健全な関係性を築くための基盤を作ることができます。
EFTと共依存:科学的根拠
EFTが共依存的な傾向の改善に効果があるという主張は、いくつかの科学的研究によって支持されています。
EFTの効果に関する研究
- ストレス軽減効果:Church et al. (2012)の研究では、EFTがコルチゾール(ストレスホルモン)レベルを有意に低下させることが示されました[1]。共依存的な関係性はしばしば高いストレスレベルと関連しているため、この効果は重要です。
- 不安とうつの軽減:Clond (2016)のメタ分析では、EFTが不安症状を有意に軽減することが示されました[2]。共依存的な人々はしばしば高い不安レベルを示すため、この効果は特に重要です。
- トラウマ症状の改善:Sebastian & Nelms (2017)の研究では、EFTがPTSD症状を軽減する効果があることが示されました[3]。多くの共依存的な行動パターンの根底にはトラウマ体験があるため、この効果は注目に値します。
共依存に特化した研究
共依存に特化したEFTの研究はまだ限られていますが、関連する研究結果から以下のような効果が期待できます:
- 自己価値感の向上:EFTが自己価値感を向上させる効果があることが、複数の研究で示されています[4]。自己価値感の低さは共依存的な行動の主要な要因の一つであるため、この効果は重要です。
- 感情調整能力の向上:EFTが感情調整能力を向上させることが示されています[5]。これは、共依存的な関係性でしばしば見られる感情の過剰反応や抑圧を改善するのに役立つ可能性があります。
- 境界線設定スキルの改善:直接的な研究はありませんが、EFTが自己主張スキルを向上させる効果があることが示されています[6]。これは健全な境界線の設定に役立つ可能性があります。
これらの研究結果は、EFTが共依存的な傾向の改善に効果的である可能性を示唆しています。しかし、共依存に特化したより多くの研究が必要であることも事実です。
共依存からの回復:長期的な視点
共依存からの回復は一朝一夕には実現しません。長期的な視点を持ち、継続的な取り組みが必要です。以下に、長期的な回復プロセスの要点をまとめます。
1. 自己認識の深化
- 定期的な自己反省:日記やジャーナリングを通じて、自分の感情や行動パターンを観察し、記録します。
- メディテーションの実践:マインドフルネス瞑想などを通じて、自己認識を深めます。
- EFTの継続的実践:定期的にEFTを行い、自己の感情や信念と向き合います。
2. 健全な関係性の構築
- コミュニケーションスキルの向上:アサーティブなコミュニケーション技術を学び、実践します。
- 健全な境界線の設定:自他の境界線を尊重する習慣を身につけます。
- 支援グループへの参加:同様の課題を持つ人々との交流を通じて、相互支援と学びを得ます。
3. 自己価値感の育成
- 自己肯定的な言葉かけ:ポジティブなアファメーションを日常的に行います。
- 小さな成功の積み重ね:達成可能な小さな目標を設定し、成功体験を積み重ねます。
- 自己ケアの実践:自分自身を大切にするための具体的な行動を日常に取り入れます。
4. 専門家のサポート
- セラピーの継続:必要に応じて、専門家のサポートを受け続けます。
- 定期的な振り返り:セラピストと共に、進捗状況を定期的に評価し、必要に応じて方針を調整します。
5. 新しい生活スタイルの確立
- 健全な趣味や活動の発見:自己実現につながる新しい活動をを見つけ、取り入れます。
- 社会的ネットワークの拡大:健全な関係性を持つ新しい友人や知人を作ります。
- キャリアの再考:必要に応じて、自己の価値観に合ったキャリアの方向性を検討します。
6. 継続的な学習と成長
- 関連書籍の読書:共依存や個人の成長に関する書籍を定期的に読みます。
- ワークショップやセミナーへの参加:新しい知識やスキルを学ぶ機会を積極的に設けます。
- 他者への支援:回復プロセスが進んだ段階で、同様の課題を持つ人々への支援を行います。
これらの取り組みを通じて、共依存的な行動パターンから徐々に脱却し、より健全で満足度の高い人生を築いていくことが可能です。EFTはこのプロセスを支援する強力なツールの一つとして機能し、感情的な障壁を取り除き、新しい行動パターンの確立を助けます。
まとめ
EFTは、共依存的な傾向を改善するための有効なツールとして注目されています。感情に直接アプローチし、身体的な要素を含むEFTは、共依存の根底にある感情的な問題や信念システムに働きかけることができます。
しかし、EFTはあくまでもツールの一つであり、共依存からの回復には総合的なアプローチが必要です。自己認識の深化、健全な関係性の構築、自己価値感の育成など、多面的な取り組みが求められます。
また、「共依存」という概念自体を再考し、「効果的な依存」と「非効果的な依存」という新しい視点で関係性を捉え直すことも重要です。EFTは、非効果的な依存パターンから効果的な依存パターンへの移行を支援する役割を果たすことができます。
最後に、共依存からの回復は長期的なプロセスであり、忍耐と継続的な努力が必要です。EFTを含む様々なツールや技法を活用しながら、専門家のサポートも得つつ、徐々に健全な関係性と自己価値感を築いていくことが大切です。
この道のりは決して容易ではありませんが、一歩一歩前進することで、より充実した、自分らしい人生を実現することができるでしょう。
参考文献
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6381429/
- https://psychcentral.com/health/eft-therapy
- https://www.amazon.com/Emotional-Freedom-Techniques-Codependency-Recovery-ebook/dp/B00FGWGGOQ
- https://shoshanaschwartz.com/eft-emotional-freedom-techniques/
- https://thrivefamilyservices.com/rethinking-codependency/
- https://missionmikke.com/media/spirituality/jikokachikan/
- https://note.com/saa755/n/nfa20891383ab
- https://toshinoriasai.jp/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%82%AF%E5%AE%9A%E6%84%9F%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%AF%EF%BC%9A%E8%87%AA%E5%B7%B1%E4%BE%A1%E5%80%A4%E3%82%92%E5%86%8D%E7%A2%BA%E8%AA%8D%E3%81%99%E3%82%8B/
- https://www.co-progress.jp/info/2018/05/eft-1.html
- https://syogai-nenkin.com/glossary/jikokachikan/
- https://www.kaonavi.jp/dictionary/jikokoteikan_takameru/
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