自閉スペクトラム症(ASD)の人々にとって、トラウマや不安は大きな課題となることがあります。 近年、眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)が、ASDの人々のメンタルヘルスケアにおいて注目を集めています。この記事では、EMDRとASDの関係について、最新の研究や専門家の見解を交えながら詳しく解説します。
EMDRとは
EMDRは、1987年にフランシーン・シャピロ博士によって開発された心理療法の一つです。 主にトラウマや不安障害の治療に用いられ、その効果は多くの研究で実証されています[1]。
EMDRの特徴
- 眼球運動や他の両側性刺激を用いる
- トラウマ記憶の再処理を促進する
- 比較的短期間で効果が現れることがある
ASDとトラウマの関係
ASDの人々は、以下のような理由からトラウマを経験しやすい傾向があります[2]:
- 社会的コミュニケーションの困難さ
- 感覚過敏
- 柔軟性の欠如
- いじめや社会的排除の経験
これらの要因により、ASDの人々は日常生活でストレスフルな出来事を経験しやすく、それがトラウマにつながる可能性があります。
EMDRのASDへの適用
EMDRをASDの人々に適用する際には、いくつかの課題と可能性があります。
課題
- コミュニケーションの困難さ
- ASDの人々は、感情や経験を言語化することが難しい場合があります[4]。
- 感覚過敏
- EMDRで用いる刺激が不快に感じられる可能性があります[5]。
- 抽象的思考の困難さ
- EMDRのプロセスを理解することが難しい場合があります[4]。
可能性
- 構造化されたアプローチ
- EMDRの8段階プロトコルは、ASDの人々にとって理解しやすい構造を提供します[2]。
- 非言語的処理
- EMDRは言語に頼らない処理を可能にするため、ASDの人々にとって有益な場合があります[4]。
- 感覚統合
- EMDRの両側性刺激は、感覚統合の改善に寄与する可能性があります[5]。
EMDRのASDへの適応
研究者や臨床家は、ASDの人々にEMDRを適用する際のさまざまな適応方法を提案しています[2][4][5]。
1. アセスメントと準備段階の延長
- ASDの特性を十分に理解し、個々のニーズに合わせたアプローチを計画します。
- 治療の構造や流れを視覚的に説明し、理解を促進します。
2. 刺激の種類と強度の調整
- 眼球運動が不快な場合、タッピングや音声など、他の両側性刺激を試みます。
- 刺激の強度を個々の感覚閾値に合わせて調整します。
3. 認知的介入の簡略化
- 抽象的な概念を具体的な例や視覚的aids用いて説明します。
- 認知的な再構成よりも、身体感覚や情動の変化に焦点を当てます。
4. セッション時間の柔軟な調整
- 注意持続時間が短い場合、セッションを短くしたり、頻繁に休憩を入れたりします。
- 必要に応じて、複数の短いセッションに分割することも検討します。
5. 特殊な興味や強みの活用
- ASDの人々の特殊な興味や強みを治療に組み込み、モチベーションを高めます。
- 例えば、安全な場所のイメージ作りに特殊な興味を活用するなど。
EMDRのASDへの効果:研究結果
EMDRのASDへの適用に関する研究はまだ限られていますが、いくつかの研究で有望な結果が報告されています。
ケーススタディ
Lobregt-van Buuren et al. (2018)の研究では、ASDと外傷後ストレス障害(PTSD)を併せ持つ成人に対してEMDRを適用しました[6]。結果として:
- PTSD症状の有意な減少
- 心理的苦痛の軽減
- 自閉症的特徴の軽度な改善
が観察されました。
青年を対象とした研究
別の研究では、ASDの青年に対してEMDRを用いて日常的なストレスに介入しました[4]。結果として:
- ストレス知覚の有意な減少
- 全体的な臨床機能の改善
が報告されています。
メタ分析
ASDの人々に対するEMDRの効果を直接検証したメタ分析はまだありませんが、トラウマや不安障害に対するEMDRの効果は多くの研究で実証されています[1]。ASDの人々もこれらの問題に苦しむことが多いため、適切に適応されたEMDRが有効である可能性は高いと考えられます。
EMDRセラピストの視点
EMDRセラピストを対象とした調査研究では、ASDの人々にEMDRを適用する際の課題と適応方法について、以下のような知見が得られています[5]。
主な課題
クライアント関連の特性
- 感覚過敏
- コミュニケーションの困難さ
- 抽象的思考の困難さ
セラピスト関連の特性
- ASDに関する知識や経験の不足
- ASDの特性に合わせた適応の難しさ
治療関係の違い
- ラポール形成の困難さ
- 非言語的コミュニケーションの解釈の難しさ
システム上の問題
- ASDに特化したEMDRトレーニングの不足
- 適切な監督やサポートの不足
推奨される適応方法
柔軟性
- 個々のニーズに合わせてプロトコルを調整する
明確なコミュニケーション
- 視覚的aidsを用いた説明
- 具体的で明確な指示
個人差への注意
- ASDの診断に基づく仮定を避ける
- 個々の強みと課題を慎重にアセスメントする
セラピストの教育
- ASDに関する継続的な学習
- ASD専門家との連携
EMDRのASDへの適用:実践的なヒント
EMDRをASDの人々に適用する際の実践的なヒントをいくつか紹介します。
視覚的サポートの活用
- EMDRの8段階プロセスを図や絵で説明する
- 感情を表す絵カードを用意し、言語化が難しい場合に活用する
- タイムラインを視覚化し、過去の出来事を整理する
感覚刺激の個別化
- さまざまな種類の両側性刺激(眼球運動、タッピング、音声など)を用意し、好みを確認する
- 刺激の強度や速度を調整可能なデバイスを使用する
- 必要に応じて、クライアント自身が刺激をコントロールできるようにする
特殊な興味の統合
- 安全な場所のイメージ作りに、クライアントの特殊な興味を活用する
- リソース強化のワークで、クライアントの得意分野や成功体験を積極的に取り入れる
構造化と予測可能性の確保
- セッションの流れを視覚的に示し、各段階の目的を明確に説明する
- 時間管理を視覚化し、セッションの進行状況を常に確認できるようにする
- 次回のセッションの内容や準備事項を明確に伝える
感覚過敏への配慮
- セッションルームの環境(照明、音、温度など)を調整する
- 必要に応じて、ノイズキャンセリングヘッドフォンや遮光メガネの使用を許可する
- 触覚刺激を用いる場合、クライアントが快適と感じる素材や圧力を確認する
コミュニケーションの工夫
- 具体的で明確な言葉を使用し、抽象的な表現や比喩を避ける
- 必要に応じて、筆談やタブレットなどの代替コミュニケーション手段を用意する
- クライアントの言葉を繰り返し、理解を確認する
柔軟なセッション管理
- クライアントの集中力や疲労度に応じて、セッション時間を調整する
- 必要に応じて、頻繁に短い休憩を入れる
- 処理が困難な場合、安定化技法やリソース強化に多くの時間を割く
家族や支援者との連携
- 家族や支援者にEMDRの概要を説明し、協力を得る
- セッション間のサポート方法について、具体的なアドバイスを提供する
- 必要に応じて、家族や支援者もセッションに同席してもらう
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