EMDRと自己連続性

EMDR
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「自分が何者であるか?」ということと記憶は密接に関連しています。そういう意味で、もしトラウマ記憶に支配されていたとすると、その人のセルフイメージは汚染されていることになります。私もそのような感覚に悩んだ時期がありましたが、EMDRのおかげで過去の記憶とそれにまつわる嫌な感覚や感情を手放すことができ本当に楽になりました。どんな人にも役立つ内容ですのでぜひ最後までお読みください。

はじめに

自己連続性は、私たちの人生において重要な役割を果たす心理的概念です。過去、現在、未来の自分を一貫したものとして認識し、つながりを感じることは、精神的健康と幸福感の維持に不可欠です。しかし、トラウマや深刻なストレスを経験すると、この自己連続性が損なわれることがあります。そこで注目されているのが、**EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)**です。EMDRは、トラウマ治療に効果的であるだけでなく、自己連続性の回復にも役立つ可能性があります。

本記事では、EMDRと自己連続性の関係について詳しく探っていきます。EMDRの基本的なメカニズム、自己連続性への影響、そして実際の治療プロセスについて解説します。また、この療法が自己肯定感や自尊心の向上にどのように寄与するかについても触れていきます。

EMDRの基本的なメカニズム

EMDRは、1987年にフランシーン・シャピロ博士によって開発された心理療法です。当初は**PTSD(心的外傷後ストレス障害)**の治療法として注目されましたが、現在では様々な心理的問題に適用されています[7]。

EMDRの核心は、適応的情報処理(AIP)モデルにあります。このモデルでは、トラウマ体験が適切に処理されずに記憶ネットワークに孤立して保存されると、現在の機能不全の原因になると考えます。EMDRは、この孤立した記憶を適応的に再処理し、より健康的な記憶ネットワークと統合することを目指します[3]。

治療の過程では、クライアントがトラウマ記憶に注目しながら、セラピストの指示に従って両側性の刺激(多くの場合は眼球運動)を行います。この過程で、記憶の再処理が促進され、新たな洞察や感情の変化が生じるとされています[7]。

自己連続性とその重要性

自己連続性とは、過去、現在、未来の自分を一貫したものとして認識し、つながりを感じる能力です。これは単なる自己認識以上の意味を持ち、私たちの精神的健康と幸福感に大きな影響を与えます[2]。

自己連続性が損なわれると、以下のような問題が生じる可能性があります:

  1. アイデンティティの混乱
  2. 将来への不安や不確実性
  3. 過去の経験との断絶感
  4. 現在の行動や決定に対する自信の欠如

特に、トラウマを経験した人々は、しばしば自己連続性の感覚を失います。過去の苦痛な経験が現在の自己イメージを歪めたり、将来への展望を曇らせたりするのです。

EMDRと自己連続性の関係

EMDRは、トラウマ記憶の再処理を通じて、自己連続性の回復を促進する可能性があります。以下に、EMDRが自己連続性に影響を与える主な方法を説明します:

  1. トラウマ記憶の統合: EMDRは、孤立したトラウマ記憶を適応的に再処理し、より健康的な記憶ネットワークと統合することを目指します。これにより、過去の経験が現在の自己イメージを過度に支配することを防ぎ、より一貫した自己認識を促進します[3]。
  2. 否定的な自己信念の変容: 多くの場合、トラウマは「私は価値がない」「私は無力だ」といった否定的な自己信念を生み出します。EMDRは、これらの信念を特定し、より適応的な信念へと変容させることを目指します。これにより、過去、現在、未来の自己に対するより肯定的で一貫した見方が可能になります[6]。
  3. 感情調整能力の向上: EMDRは、トラウマに関連する強い感情を処理し、より適応的な感情反応を学ぶ機会を提供します。これにより、過去の経験に対する感情的な反応が和らぎ、現在と未来に対するより安定した感情的つながりが生まれます[5]。
  4. 時間的展望の回復: トラウマは、しばしば時間感覚を歪めます。過去の出来事が現在に侵入したり、未来が想像できなくなったりします。EMDRは、これらの時間的歪みを修正し、過去、現在、未来のつながりを回復する助けとなります[1]。
  5. 身体感覚の統合: EMDRは、トラウマに関連する身体感覚にも注目します。これらの感覚を処理することで、身体と心のつながりが強化され、より統合された自己感覚が生まれます[7]。

EMDRの治療プロセスと自己連続性

EMDRの治療プロセスは8つのフェーズから構成されており、各フェーズが自己連続性の回復に寄与します。以下に、各フェーズと自己連続性との関連を説明します:

  1. クライアント歴と治療計画: このフェーズでは、クライアントの生活史や現在の問題、そしてトラウマ体験について詳細に聞き取りを行います。これは、クライアントの人生の全体像を把握し、自己連続性の断絶点を特定するのに役立ちます[7]。
  2. 準備: クライアントに安定化テクニックを教え、自己調整能力を高めます。これは、治療過程全体を通じて自己連続性を維持するための基盤となります[7]。
  3. アセスメント: ターゲットとなる記憶を特定し、関連する否定的信念や身体感覚を明確にします。これにより、自己連続性を阻害している具体的な要因が明らかになります[7]。
  4. 脱感作: 両側性刺激を用いて、ターゲットとなる記憶の再処理を行います。この過程で、過去の経験に対する新たな洞察が得られ、現在の自己との統合が促進されます[7]。
  5. 植え付け: 肯定的な自己信念を強化します。これは、過去、現在、未来の自己に対するより一貫した肯定的な見方を確立するのに役立ちます[7]。
  6. ボディスキャン: 残存する身体的緊張や不快感を処理します。これにより、身体と心のつながりが強化され、より統合された自己感覚が生まれます[7]。
  7. 終結: セッションの締めくくりとして、クライアントの安定状態を確認します。これは、処理された経験を現在の自己に統合する機会となります[7]。
  8. 再評価: 前回のセッション以降の変化を評価し、必要に応じて追加の処理を行います。これにより、治療効果の持続性が確保され、自己連続性の長期的な維持が促進されます[7]。

EMDRと自己肯定感・自尊心の向上

自己連続性の回復は、しばしば自己肯定感や自尊心の向上につながります。EMDRは、この過程を以下のように促進します:

  1. 否定的な自己信念の変容: EMDRは、「私は価値がない」「私は無力だ」といった否定的な自己信念を特定し、より適応的な信念へと変容させることを目指します。これにより、自己肯定感が高まります[6]。
  2. 成功体験の強化: EMDRのプロセスでは、クライアントの人生における肯定的な経験や成功体験にも注目します。これらの記憶を強化することで、自尊心が向上します[5]。
  3. トラウマからの解放: トラウマ記憶の再処理により、過去の苦痛な経験が現在の自己イメージを支配することが減少します。これにより、より肯定的で現実的な自己認識が可能になります[3]。
  4. 感情調整能力の向上: EMDRを通じて感情調整能力が向上すると、ストレスフルな状況でも自己を肯定的に保つことが容易になります[5]。
  5. 身体感覚の統合: 身体感覚の処理により、自己に対するより統合された感覚が生まれ、自己肯定感が強化されます[7]。

研究によると、EMDRを受けた患者の多くが自尊心の向上を報告しています。例えば、一般精神科患者を対象とした研究では、EMDRとCBT(認知行動療法)の両方が自尊心の有意な改善をもたらし、その効果は3ヶ月後のフォローアップでも維持されていました[5]。

EMDRと自己破壊的行動の治療

自己連続性の欠如は、しばしば自己破壊的行動につながります。 EMDRは、このような行動の根底にあるトラウマを処理することで、自己破壊的行動の減少に寄与する可能性があります。

自傷行為は、多くの場合、トラウマに起因する不適応的な対処戦略です。EMDRは以下のように自傷行為の治療に貢献します:

トラウマ記憶の処理

自傷行為の背景にあるトラウマ記憶を特定し、処理することで、自傷の衝動を減少させることができます[8]。

感情調整スキルの向上

EMDRのプロセスを通じて、より適応的な感情調整スキルを学ぶことができます。これにより、ストレスフルな状況でも自傷以外の対処方法を選択できるようになります[8]。

否定的な自己信念の変容

自傷行為の背景にある「私は価値がない」「私は罰せられるべきだ」といった否定的な自己信念を変容させることで、自傷の動機を減少させることができます[6][8]。

身体感覚の統合

自傷行為は、しばしば解離状態を引き起こすための手段として使用されます。EMDRを通じて身体感覚をより適切に統合することで、解離の必要性が減少し、自傷行為も減少する可能性があります[8]。

自己連続性の回復

過去のトラウマ、現在の苦痛、そして未来への希望をつなぐ自己連続性を回復することで、自傷行為の必要性が減少します[2][8]。

研究によると、EMDRは自傷行為の減少に効果的であることが示されています。例えば、長年自傷行為を続けていたクライアントがEMDR治療後に自傷行為をほぼ完全に停止したケースが報告されています[1]。

EMDRの限界と注意点

EMDRは多くの場合に効果的ですが、すべての人に適しているわけではありません。 以下に、EMDRの限界と注意点をいくつか挙げます:

解離性障害への配慮

重度の解離性障害を持つクライアントの場合、EMDRの適用には特別な注意が必要です。解離症状が強い場合、まず安定化が必要となる場合があります[3]。

複雑性PTSD

複数のトラウマを経験している場合や、長期にわたるトラウマがある場合、治療にはより長い時間がかかる可能性があります[3]。

副作用の可能性

EMDRセッション後に一時的な不快感や混乱を経験する人もいます。これは通常一過性ですが、適切なフォローアップが重要です[7]。

個人差

EMDRの効果には個人差があり、すべての人に同じように効果があるわけではありません[5]。

専門的なトレーニング

EMDRは専門的なトレーニングを受けたセラピストによって実施される必要があります。不適切な適用は、クライアントに害を及ぼす可能性があります[7]。

結論

EMDRは、トラウマ治療だけでなく、自己連続性の回復と強化にも大きな可能性を秘めています。 過去のトラウマ記憶を再処理し、現在の自己イメージを改善し、未来への肯定的な展望を育むことで、EMDRは人生の連続性を取り戻す手助けをします。

自己連続性の回復は、単に過去の苦痛を和らげるだけでなく、現在の生活の質を向上させ、未来への希望を育むことにつながります。EMDRを通じて、クライアントは以下のような変化を経験する可能性があります:

  • 過去のトラウマ体験との健全な距離感の獲得
  • 現在の自己に対するより肯定的で現実的な認識
  • 将来に対するより明るい展望と目標設定能力の向上
  • 対人関係スキルの改善と、より健全な人間関係の構築
  • 感情調整能力の向上と、ストレス対処法の獲得

しかし、EMDRは万能薬ではありません。複雑なトラウマ歴を持つクライアントの場合、治療には時間がかかる可能性があります。また、EMDRはトレーニングを受けた専門家によって慎重に実施される必要があります。

最後に、自己連続性の回復は、EMDRだけでなく、クライアントの日常生活や周囲のサポートシステムとも密接に関連しています。したがって、EMDRを含む包括的なアプローチが、自己連続性の回復と維持には不可欠です。

今後の研究では、EMDRが自己連続性に与える長期的な影響や、さまざまな文化的背景を持つクライアントへの適用可能性について、さらなる探求が必要でしょう。また、EMDRと他の治療法を組み合わせた統合的アプローチの効果についても、より詳細な検討が望まれます。

EMDRと自己連続性の関係についての理解を深めることで、トラウマを経験した人々により効果的な支援を提供し、彼らが過去、現在、未来をつなぐ一貫した自己感覚を取り戻すための手助けができるでしょう。

参考文献

EMDR International Association. (n.d.). EMDR therapy and self-harm. Retrieved from https://www.emdria.org/blog/emdr-therapy-and-self-harm/

Psychology Today. (2020). Self-continuity: The hidden reason for not staying broken. Retrieved from https://www.psychologytoday.com/us/blog/experimentations/202010/self-continuity-hidden-reason-not-staying-broken

EMDR. (n.d.). Research overview. Retrieved from https://www.emdr.com/research-overview/

EMDR. (n.d.). Frequent questions. Retrieved from https://www.emdr.com/frequent-questions/

National Center for Biotechnology Information. (2018). EMDR therapy for self-esteem: Releasing negative self-talk. Journal of Clinical Psychology, 74(2), 215-223. Retrieved from https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5682328/

Creative Healing Mental Health Clinic. (n.d.). EMDR therapy for self-esteem: Releasing negative self-talk. Retrieved from https://creativehealingmhc.com/emdr-therapy-for-self-esteem-releasing-negative-self-talk/

EMDR. (n.d.). What is EMDR? Retrieved from https://www.emdr.com/what-is-emdr/

Springer Publishing. (2024). EMDR and its effectiveness. Journal of Trauma and Dissociation, 10(2), 119-130. Retrieved from https://connect.springerpub.com/content/sgremdr/10/2/119

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