EMDRと統合失調症

統合失調症は深刻な精神疾患であり、患者の生活に大きな影響を与えます。一方、眼球運動による脱感作と再処理法（EMDR）は、主にPTSDの治療法として知られていますが、近年では統合失調症への適用可能性も注目されています。この記事では、EMDRと統合失調症の関係について、最新の研究や臨床事例を交えながら詳しく解説していきます。

EMDRとは

EMDRは、1987年にFrancine Shapiroによって開発された心理療法の一つです。当初はPTSDの治療を目的としていましたが、現在では様々なトラウマ関連障害や不安障害にも効果があることが分かっています[1]。

EMDRの基本的なプロセス

EMDRの基本的なプロセスは以下の通りです:

1. トラウマ記憶の想起
2. 眼球運動などの両側性刺激
3. 記憶の再処理と統合

この手法は、トラウマ記憶を適応的に処理し、症状の軽減を図ることを目的としています。

統合失調症とトラウマの関連性

統合失調症は、幻覚や妄想、思考の障害などを特徴とする精神疾患です。従来は生物学的要因が主な原因とされてきましたが、近年の研究では、トラウマ体験が統合失調症の発症や症状の悪化に関与している可能性が指摘されています[2]。

統合失調症患者の多くが、以下のようなトラウマ体験を報告しています:

• 児童期の虐待や neglect
• いじめ
• 暴力被害
• 深刻な事故や災害

これらのトラウマ体験が、統合失調症の症状形成や維持に影響を与えている可能性があります。

EMDRの統合失調症への適用

EMDRは主にPTSDの治療法として確立されていますが、近年では統合失調症患者への適用可能性も検討されています。以下に、EMDRの統合失調症への適用に関する主な研究成果や臨床報告をまとめます。

1. 安全性と実現可能性

**Kim et al. (2010)**の研究では、統合失調症入院患者45名を対象にEMDRの安全性と実現可能性を検討しました[1]。結果として、EMDRは統合失調症患者にとって安全で実行可能な介入方法であることが示されました。特に注目すべき点として:

• 有害事象の報告がなかった
• 2年後のフォローアップで、EMDR群の再入院率が他の群と比較して低かった (EMDR群18%、対照群33-42%)

この研究結果は、EMDRが統合失調症患者にとって安全であり、長期的な効果も期待できる可能性を示唆しています。

2. 症状の改善効果

**van den Berg and van der Gaag (2012)**の研究では、統合失調症スペクトラム障害とPTSDを併存する27名の患者を対象にEMDRの効果を検討しました[1]。結果として:

• 妄想的思考の減少
• 幻聴の減少
• 陰性症状の改善

が報告されました。これらの結果は、EMDRが統合失調症の中核症状にも効果をもたらす可能性を示唆しています。

3. 症例報告

**Granier and Brunel (2021)**は、薬物治療に抵抗性を示す統合失調症患者に対してEMDRを実施し、劇的な改善を報告しています[4]。この症例では:

• 1回のEMDRセッション後、8週間で妄想や解体/解離症状が完全に消失
• 18ヶ月後のフォローアップでも再発なし
• 抗精神病薬の中止が可能に

この症例報告は、EMDRが従来の治療法に抵抗性を示す統合失調症患者にも効果をもたらす可能性を示唆しています。

EMDRの作用メカニズム

EMDRが統合失調症に効果をもたらす理由については、以下のような仮説が提唱されています:

1. トラウマ記憶の再処理
   統合失調症の症状の一部が、未処理のトラウマ記憶に起因している可能性があります。EMDRによってこれらの記憶が適応的に処理されることで、症状の軽減につながると考えられています。
2. 解離症状の改善
   統合失調症の一部の症状（特に幻覚や妄想）は、解離性の現象として捉えることができます。EMDRは解離症状の改善に効果があることが知られており、これが統合失調症の症状改善にも寄与している可能性があります。
3. 認知の柔軟性の向上
   EMDRは、固定化した認知パターンを柔軟化する効果があります。これにより、統合失調症患者の硬直した思考パターンが改善される可能性があります。
4. 自己感の統合
   EMDRは、断片化した自己感を統合する効果があります。統合失調症患者の中には、自己感の断片化を経験している人も多く、EMDRによってこの問題が改善される可能性があります。