5.思考との付き合い方

5 思考との付き合い方

今回はタイトルにもあるように

思考との付き合い方

をテーマとしますが
まずその前に・・・

「私たちの頭の中はゴミで溢れかえっている」

この言葉を聞いてどのように感じられるでしょうか?

・その通りだです。
・そんなことありません。

いろいろな意見があるかと思いますが、
実は私たちの頭の中は、

 

「私は」「私に」「私のもの」「私のために」

「なんであの時こうなったんだ!」


「もっとこうだったらよかったのに」


「あの人はいつも」


「あの人さえ」


「あの時のことさえなければ」


「〜〜になってしまうのではないか」


・未来の不安


・過去の後悔

 

といった思考が基本的にはグルグルと
回り続けています。

前回もお伝えしたように、
自動思考こそが私たちの苦しみの原因です。

出来事 → 自動思考(解釈) → 反応(良い・悪い)

とあるとしたら、
自動思考(解釈)が私たちのものの見方を歪め、
苦しみを生み出します。

また、思考は1日5〜10万回と膨大にしており、
繰り返しの思考によって私たちのものの見方を
複雑にしていきます。

前回にもお伝えしましたが、
出来事はあくまで中立です。

しかし、中立な出来事に「良い・悪い」の
解釈を思考が加えることで
この世界が複雑なように感じてしまうのです。

複雑なのはこの世界ではなく思考・・・

・思考が出来事を「良い・悪い」と決めつける

・過去の後悔や未来の不安を生み出す

・怒りが続くのも思考があるから

・思考があるから偏見(思い込み)を持つ

・目の前のあるがままの世界ではなく
 思考のフィルターを通して見る世界は生き生きしていない

・大人は思考(言葉)によって概念化、抽象化された世界に生きる

・言葉を覚える前の子どもは思考(解釈)のフィルターを通さずに
 この世界を感じており、ただ居るだけで幸せそう

思考は便利な道具で、
ポジティブ面もありますが、
私たちの悩みや苦しみの多くは
思考のネガティブ面によるものです。

今回の講義では、
思考のネガティブ面を減らす技術をお伝えし、
思考との適切な付き合い方を学んでいただきます。

 

 

1、そもそも「私」とは何か?

結論からお伝えすると、
「私」の正体は・・・

観察する意識

 

大前提として、私たちには

「観察する自分」と「思考する自分」

の2つがあります。

例を出します。

目の前にりんごがあって
それをあなたが観察しているとしたら、

あなた=観察主体
りんご=観察客体

となりますが、

「自分で自分を観察する」

という場合はどうなるでしょうか?

その場合、

観察する自分=観察主体
観察される自分=観察客体

となります。

目には見えないのですが、
自分を観察するもう1人の自分が
いるということです。

これは心理学ではメタ認知などと
呼ばれていたりして、
この能力が高ければ高いほど
嫌な思考や感情に飲み込まれにくいと言われています。

また、
「観察する自分」と「思考する自分」
のどちらか一方だけで良いといのではなく、
両方がうまく手を取り合ってバランスよく
働いているのが理想です。

 

しかし、私たちは
思考が過剰になって

「思考する自分」

暴走しがち。

 

前回の復習にもなりますが、

・思考は未来か過去
・未来や過去は幻想

なんですね。

思考が暴走すると
どうしても過去の後悔や未来の不安が強くなり、

それと同時に、
ものの見方の歪み(認知バイアス)が強くなります。

 

一方、

観察する自分」の割合が増えれば増えるほど
思考から解放されて穏やかさや平安が増えます。

それと同時に、過去や未来といった
時間の幻想からも解放され、
認知バイアスも少なくなるでしょう。

では、

どうするば「観察する自分」として
生きることができるか?

それは・・・・

「今この瞬間」の身体感覚を豊かに味わうこと

これが答えの一つです。

・呼吸をしている感覚
・暖かい感覚
・冷たい感覚
・匂いの感覚
・触れる感覚

をしっかりと感じることが大切です。

思考に取り憑かれていない
≒ 身体感覚がしっかりとある

という式が成り立ちます。

身体感覚がしっかりしていればいるほど
心を「今この瞬間」に繋ぎとめることができます。

 

思考は便利な道具です。

・計画を立てる
・過去を振り返り反省する
・夢を思い描く
・目標を決める
・過去の幸せな思い出にひたる

といったポジティブな側面もありますが、
身体感覚を忘れ「観察する自分」が
薄くなればなるほどバランスを崩します。

 

仮に、幸せには・・・

「今この瞬間に集中する幸せ」
「時間ベースの幸せ」

上記の2種類があるとすると・・・

思考は「時間ベースの幸せ」
感覚は「今この瞬間に集中する幸せ」

となります。

しかし、繰り返しになりますが、
思考の幸せ(=時間ベースの幸せ)
は究極的には

幻想

なぜなら、
過去・未来は頭の中で作った妄想だからです。

かといって、
時間ベースの幸せを否定する必要はないですし、
むしろ楽しんだ方がいいですが、

あまりにも
「今この瞬間に集中する幸せ」を
忘れてしまうとバランスが崩れてしまいます。

身体感覚を忘れ、
思考が過剰になればなるほど
ますます思考に囚われます。

そうなると、
私たちは心身ともに不健康になるので注意が必要です。

 

 

2、思考の特徴

続いては思考の特徴について見ていきます。

結論からお伝えすると、
思考には「分ける」という性質があります。

また、私たちは分けると
分かったような感覚になるという性質もあります。

 

例えば、目の前にりんごが一つあるとします。

甘さ、酸っぱさ、苦さ、硬さ

このように要素に分解して、
分ければ分けるほど分かった気になりますが、
実際には何も分かっていません。

ただ「分けた」だけ。

本当にりんごを理解するには
実際に食べるという体験を通してのみです。

身体感覚を通して得られた体験に
最も大きな情報があり、思考はそれを分けているだけ

 

別の例を見ていきましょう。

目の前にいる1人の人がいるとします。

そして、

「肌の色、年齢、性別、学歴、年収、国籍」

このような情報を知ると
私たちはその人のことを分かった気になりがちです。

しかし、ただレッテルを貼っているだけで
何も分かっていません。

実際にその人を理解するには
時間を過ごしてみて初めて分かる部分が大きいのです。

 

また、思考によって分ければ分けるほど、
共通点よりも相違点が目立つようになります。

人間

男と女

アメリカ人と日本人

北海道の人と九州の人

学歴・年収・子ども・大人

下に行けば行くほど、
「人間」が細かく分かれ複雑になります。

分ければ分けるほど・・・

・学歴が違う
・年収が違う
・大人と子どもは違う
・人種が違う

このように違いが目立ち、
区別(=思考)が多くなればなるほど
物事は複雑になリます。

誤解のないようにお伝えしますが、
区別・思考そのものは中立です。

善でも悪でもありません。

やはり区別(思考)にも
メリットがあるので必要は必要なのです。

しかし、過剰に思考にとらわれると
時に人は愚かになります。

身近な例では・・・
・悩みから抜け出せない
・怒り・恨みを手放せない
少し極端例では・・・
・人殺しさえ正当化する

ということがあります。

歴史的な事実として・・・

・皮膚の色が違うから搾取して奴隷にしてもいい
・カンボジアの独裁者ポルポトは教養が邪魔だということからメガネをかけている人を虐殺した

このような事実さえあるのです。

今の感覚だと不思議思う理屈でも、
思考によって分けると
不思議な論理がまかり通ってしまいます。

思考を通じて分ければ分けるほど、

些細な「相違点」に目がいって

「相手と自分は違う」

と認識し、
時に残虐な行為さえ正当化してしまいます。

思考 ≒ 分ける

共通点よりも相違点に注目

差別や偏見にもなり得る

時に残虐な行為さえ正当化する

思考に取り憑かれれば取り憑かれるほど、
ものの見方の歪みや
極端な良い・悪いのジャッジを生み、
苦しみや対立を生んでしまいます。

なので、思考にはこのような
ネガティブ面もたくさんある
ということを覚えておいて下さい。

 

 

3、自分とは幻想

縁起の講義で、で自分とは

「関係性によって成り立つ」

という意味で

「あるとも言えるしないとも言える」

とお伝えしましたが、
今回は別の角度で見ていきます。

仏教では諸法無我という言葉があり、
我(自分・自我)とは幻想ということが
昔から言われています。

 

今回は私たちにはふたつの自分・・・

「観察する自分」と「思考する自分」

があるとお伝えしていますが、

幻想の自分はどちらかというと・・・

 

 

 

「思考する自分」

 

 

です。

私たちは、大量の思考の流れに
自分のアイデンティティを見出します

思考はとりとめもなく移り変わり
川の流れのように常に変化し続けています。

したがって、
「思考する自分」が固定的・独立的にある!
と考えるのは明らかに誤りです。

幻想を真実(絶対的にあるもの)だと思い込むと
少しずつ現実と乖離していきます。

ですので、
思考する自分」を
唯一のアイデンティティにしない方がいいのです。

また、思考ベースの自分は、
・過去の記憶に条件づけられている
・未来や過去にアイデンティティを見出す

という性質がありますが、

未来も過去も幻想なんですね。

幻想を自分の土台にすると
やがては崩れ去ります。

だから、
「思考する自分」を
アイデンティティの基盤にするのではなく、

「観察する自分」
をメインのアイデンティティにすると確かなものになります。

 

観察ベースの自分は、

・過去の記憶に条件づけられてない
・一切の条件づけから解放されている
・今この瞬間にアイデンティティを見出す

という性質があり、
穏やかさや豊かさ感覚につながります。

繰り返しになりますが、
「思考する自分」は空です。

あるとも言えるしないとも言える
「思考する自分」に対して
過剰にアイデンティティを見出すと
ますます過去・未来に囚われます。

悩みや不安や後悔にどんどん囚われるでしょう。

悩みや不安や後悔に囚われから解放されるためには、
それらが「空」「幻」と見抜くことが大切です。

そのためには、実際に生きることができる
「今この瞬間」から「思考する自分」
を観察することが何よりも大切です。

つまり、
「観察する自分」の割合を高めることが大切なのです。

アイデンティティの基盤を

「思考する自分」→「観察する自分」

に移行させることが私たちが
思考を過剰にしない方法です。

 

4、観察する意識とスピリチュアリティ

ここからの話はあくまで解釈の一つですので、
参考程度にとどめて頂いても大丈夫です。

まず結論としては、

「観察する意識」は
大いなる存在(神)と繋がる純粋な意識

だということ。

これは絶対的に正しいとは証明できませんが、
根拠が全くないわけでもありません。

例えばマインドフルネス(今この瞬間をジャッジせず感じること)の研究によると・・・

・ただ何もせず
・区別せず
・思考せず
・反応せず
・批判せず
・批評せず

といった形で、

思考することを止めるだけで

・うつ状態の緩和
・不安の減少
・集中力の増加
・共感性が高まる
・思いやりが高まる
・免疫力を高める
・ストレスを減らす
・緊張を減らす
・メタ認知(観察する自分)が上手になる

といった効果があることが確認されています。

ここで注目して頂きたいことは、

特別なことをしたのではなく
「思考」をやめて「観察」しただけ

ということ。

何か特別なことを足し算で付け足した結果
より良い状態が実現できているのではなく、
今やっている「思考」やジャッジを止めるだけで
実現できているのです。

ということは、
「観察する自分」と
何かが繋がっていると考えられます

仮にそれを宗教的な言葉で言うなら、

「神、愛、大いなる存在」
といった人智を超えた存在との繋がりが回復する

と表現することもできるのではないかと考えています。

この話はあくまで一つの解釈ですので
絶対的に正しいかは究極的には分からないです。

しかし、「マインドフルネスとキリスト教の霊性」
という本も出版されています。

同じような考えをオックスフォード大学の大学教授も持っているようなので、
完全に私の自分勝手な解釈でもないと考えています。

ですので、

「観察する意識が神(大いなる存在)と繋がっている」

という解釈を仮に正しいものとして
人生に採用するのも一つの選択肢かと思います。

もしよければ参考になさって下さいね。

 

5、第3世代認知行動療法

マインドフルネスは
第3世代認知行動療法とも言われていて、
前回の認知行動療法や中心軸の話とも繋がります。

ちなみに、
マインドフルネスの定義は、

「今この瞬間に集中していて、
 かつ良い・悪いの評価をせず
 あるがままを感じている状態」

です。

重要な点は・・・

良い・悪いの評価をしないこと
=出来事をあるがままの出来事としてみる

ということ。

出来事 → 解釈(自動思考) → 良い・悪いのジャッジ

とありましたが、

前回の認知行動療法で行ったのは
解釈(自動思考)の背後にある

「思い込み」の修正をすることで
出来事そのものをあるがまま(中立)にみる

ということをして頂きましたが、

今回は身体感覚を感じ、
思考そのものを俯瞰して観察することで
出来事そのものをあるがままにみる

ということをして頂きます。

認知行動療法もマインドフルネスも目的は、

・出来事そのものをあるがまま(中立)にみること
・出来事に対して良い悪いのジャッジを減らす・なくすこと

という点で共通しているということを
覚えて頂ければ幸いです。

 

6、具体的な解決策

いろいろと解説させて頂きましたが、

では、どうすれば。
「思考する自分」を減らし
「観察する自分」を増やせるか?

というのをこの章で見ていきましょう。

今回はいくつか準備しました。

・情報量を減らす
・エゴのないものを見る
・マインドフルネス(ジャッジしない)
・身体感覚に気づき、今ここの意識を強める
・慈悲の瞑想

以上5つです。

以下より1つずつ解説します。

 

【情報量を減らす】

目を閉じる、静かな場所に行く、情報を取らない、テレビをみない

→そもそも入ってくる情報量を減らして下さい。
特に視覚情報が90%と言われているので、
脳を休ませるのに「目を閉じる」は非常に効果的です。

 

【エゴ(思考)のないものを見る】

自然を見る、動物をみる

→思考の少ないものを見て下さい。
シンプルですが、自然豊かなところに出かけたり、
動物と戯れることであなたは
「思考する自分」から
「観察する自分」へと移行することができます。

 

【マインドフルネス(ジャッジしない)】

・私は辛くなる時があってもいい
・私は苦しくなる時があってもいい
・私は怒ってしまうことがあってもいい
・私はイライラしてしまうことがあってもいい
・私は未来を不安に思うことがあってもいい
・私は過去を悔やむことがあってもいい
・私は解決できない問題があってもいい
・私は苦手なことがあってもいい
・私は失敗してしまうことがあってもいい
・はエゴに支配されてしまうことがあってもいい
・私は全てを完璧にコントロールできなくてもいい
・私は感情に飲まれることがあってもいい
・私は他人を妬んでしまうことがあってもいい
・私は欲に取り憑かれることがあってもいい
・私はお金に執着してしまうことがあってもいい
・私はこの世のものに執着し、偶像礼拝してしまうことがあってもいい
・私は優越感を感じて傲慢になってしまうことがあってもいい
・私は劣等感を感じて卑屈になってしまうことがあってもいい
・私は取りきれないプライドがあってもいい
・私は他人からの評価を気にすることがあってもいい
・私は元気のない日があってもいい
・私はやる気のない日があってもいい
・私は不機嫌な日があってもいい
・私は常に完璧でなくてもいい
・私は不完全でもいい
・私はポジティブなこともネガティブなことも感じてもいい
・私は得意・不得意があってもいい
・つい人に見栄を張ってしまうことがあってもいい

→どんな感情だったとしても
ジャッジせずあるがままを受け入れやすくなる
アファメーション(自己暗示)です。

私たちは思い通りにいかないと
自分自身を「悪い」と裁きがちです。

自分を裁く癖があるとそれによってストレスが増え
ますます上手くいかなくなるという悪循環に陥りかねません。

その悪循環を断ち切るためにも
自分自身をジャッジせずあるがままを受け入れる
ということを意識なさって下さいね。

 

【身体感覚に気づき、今ここの意識を強める】

・激しめの運動
・瞑想(目を閉じ、呼吸を感じる)
・ヨガ
・ストレッチ
・日常生活で呼吸や足裏の感覚に気づく

いくつか紹介させて頂きましたが、
特に激しめの運動はオススメです。

好きなもの・楽しいもの

を基準に選んで継続なさって下さいね。

 

【慈悲の瞑想】

この人は、心と体を持っています。わたしと同じです。

気持ちや感情、考えもあります。わたしと同じです。

悲しんだり、がっかりしたり、怒ったり、混乱したりすることがあります。わたしと同じです。

人生で肉体的、心理的な苦しみを経験しています。わたしと同じです。

人生で喜び、幸せ、愛を経験しています。わたしと同じです。

この人は、幸せになりたいと思っています。わたしと同じです。

この人が幸せでありますように

→慈悲の瞑想にはいくつか種類がありますが、
この文章を唱えることで、

「相違点ではなく、共通点」

に目が向かいやすくなります。

私たちは自動思考によって
相手と自分の「違い」にフォーカスが
あたりがちですが、

ぜひこの言葉を繰り返して
共通点に目を向け続けて下さいね。

 

・情報量を減らす
・エゴのないものを見る
・マインドフルネス(ジャッジしない)
・身体感覚に気づき、今ここの意識を強める
・慈悲の瞑想

以上5種類を使って、
「思考する自分」から
「観察する自分」へと
アイデンティティを移行させてい下さい。

 

7、課題

【課題その1】

・情報量を減らす(目を閉じる、ネットやテレビの時間を減らす)
・エゴのないものを見る(自然や動物)

→日常生活でできるだけ意識をする。

 

【課題その2】

・マインドフルネス(ジャッジしない)

→必要に感じた時だけ実践して下さい。

・私は辛くなる時があってもいい
・私は苦しくなる時があってもいい
・私は怒ってしまうことがあってもいい
・私はイライラしてしまうことがあってもいい
・私は未来を不安に思うことがあってもいい
・私は過去を悔やむことがあってもいい
・私は解決できない問題があってもいい
・私は苦手なことがあってもいい
・私は失敗してしまうことがあってもいい
・はエゴに支配されてしまうことがあってもいい
・私は全てを完璧にコントロールできなくてもいい
・私は感情に飲まれることがあってもいい
・私は他人を妬んでしまうことがあってもいい
・私は欲に取り憑かれることがあってもいい
・私はお金に執着してしまうことがあってもいい
・私はこの世のものに執着し、偶像礼拝してしまうことがあってもいい
・私は優越感を感じて傲慢になってしまうことがあってもいい
・私は劣等感を感じて卑屈になってしまうことがあってもいい
・私は取りきれないプライドがあってもいい
・私は他人からの評価を気にすることがあってもいい
・私は元気のない日があってもいい
・私はやる気のない日があってもいい
・私は不機嫌な日があってもいい
・私は常に完璧でなくてもいい
・私は不完全でもいい
・私はポジティブなこともネガティブなことも感じてもいい
・私は得意・不得意があってもいい
・つい人に見栄を張ってしまうことがあってもいい

 

【課題その3】

・身体感覚に気づき、今ここの意識を強める
・慈悲の瞑想

→必ず毎日行って下さい。

※身体感覚についてはいくつかご紹介させて頂きましたが、
お好きなものを一つ以上選び「習慣化」なさって下さい。

 

【課題その4】

1~4講義の課題を継続する

 

【課題その5】

講義や毎日のメール、課題に取り組んだ感想などを、
1週間後の第6講義の前までにメールにてご提出下さい。

「件名:第5講義の課題提出 名前」
件名は上記のようにし、宛先は、

tamakikoji1@gmail.com

までお願いします。

長さやフォーマットなどの指定はありません。
あなたの好きなように今回の講義で感じたこと、
学んだことなどをアウトプットして頂ければと思います。

 

今回も課題そのものはシンプルですが、

「思考する自分」→「観察する自分」

にアイデンティティを移行させることは
あなたの人生に大きな大きなメリットがあります。

ぜひ繰り返し実践なさって下さい。

そして、穏やかさや豊かさ、幸福が
心に溢れますように。

最後までお読み頂きありがとうございます。

コーチ 玉木康司

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