こんにちは。今回は、日本で生まれた「内観療法」と欧米で発展した「ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)」という2つの心理療法について、詳しく解説していきます。両者とも、心の健康を促進するユニークなアプローチを持っており、多くの人々に効果をもたらしています。
内観療法とは
内観療法は、日本で生まれた心理療法の一つです。1916年に吉本伊信によって開発され、浄土真宗の「身調べ」という精神修養法からヒントを得ています。
内観療法の特徴
- 自己洞察の促進: 内観療法は、生活史における対人関係を振り返ることで自己洞察を促す心理的技法です。
- 三項目の回想: 「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」という3つの項目について、具体的な出来事を回想します。
- 集中内観: 1週間連続で行う集中的な内観セッションがあります。
- 日常内観: 日常生活で短時間行う内観法もあります。
内観療法の進め方
内観療法は以下のような手順で進められます:
- 回想対象の選定: 母、父、配偶者など、生活史上の関係の深い人を対象とします。
- 回想期間の設定: 小学校低学年から、年代順に3年~5年区切りで回想します。
- 面接: 約1時間おきに1日10回、解釈を加えずに傾聴します。
- 環境設定: 屏風で仕切られた空間で、1週間連続で行います。携帯電話や雑誌などは持ち込みません。
内観療法の効果
内観療法には以下のような効果が報告されています:
- 共感性の向上: 集中内観後、「視点取得」と「共感的配慮」の能力が向上します。
- 職業性ストレスの軽減: 「職場の社会的支援」の認識が高まり、「仕事の要求度」と抑うつ症状が減少します。
- 適応範囲: ストレス関連性の病態(不安や抑うつ症状)、アルコール依存症、心身症などに効果があります。
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)とは
ACTは、欧米で開発された比較的新しい心理療法です。「アクセプタンス(受容)」と「コミットメント(約束)」を重視するアプローチです。
ACTの特徴
- 心理的柔軟性の向上: ACTは、心理的柔軟性を高めることを目的としています。
- 現在の瞬間への注目: 意識的に現在の瞬間に注目することを重視します。
- 価値観に基づく行動: 個人の価値観に基づいて行動を変化させることを目指します。
- マインドフルネスの活用: マインドフルネス戦略を用いて、思考や感情との新しい関係性を築きます。
ACTの主要な概念
ACTには以下のような主要な概念があります:
- 認知的フュージョン: 思考と現実を同一視してしまう傾向。
- 体験の回避: 不快な内的体験を避けようとする傾向。
- 価値: 個人にとって重要で意味のある生き方の指針。
- コミットされた行動: 価値に基づいた具体的な行動。
ACTの進め方
ACTは以下のような手順で進められます:
- クライアントの現状理解: クライアントの抱える問題や目標を理解します。
- 心理的柔軟性の評価: クライアントの心理的柔軟性のレベルを評価します。
- 介入: マインドフルネス練習、メタファーの使用、行動活性化などの技法を用いて介入します。
- 価値の明確化: クライアントの価値観を明確にし、それに基づいた行動計画を立てます。
- コミットされた行動の実践: 価値に基づいた行動を日常生活で実践します。
ACTの効果
ACTには以下のような効果が報告されています:
- 幅広い適用: 不安障害、うつ病、慢性痛、依存症など、様々な問題に効果があります。
- 長期的な効果: 短期療法としても長期療法としても効果が認められています。
- 生活の質の向上: 価値に基づいた行動を増やすことで、全体的な生活の質が向上します。
内観療法とACTの比較
内観療法とACTは、いくつかの点で類似していますが、アプローチや焦点の当て方に違いがあります。
類似点
- 自己洞察: 両療法とも、自己理解を深めることを重視しています。
- 受容: 内観療法では過去の経験を、ACTでは現在の思考や感情を受け入れることを促します。
- 行動変容: 両療法とも、最終的には行動の変化を目指します。
相違点
- 焦点: 内観療法は過去の対人関係に焦点を当てますが、ACTは現在の瞬間と未来の行動に焦点を当てます。
- 技法: 内観療法は構造化された回想法を用いますが、ACTはマインドフルネスやメタファーなど多様な技法を用います。
- 期間: 内観療法は集中的な1週間のセッションを基本としますが、ACTはより柔軟な期間設定が可能です。
- 文化的背景: 内観療法は日本の文化的背景を持ちますが、ACTは西洋の心理学を基盤としています。
内観療法とACTの選び方
どちらの療法を選ぶかは、個人の状況や好みによって異なります。以下のポイントを参考にしてください:
- 問題の性質: ストレス関連の問題や対人関係の課題には内観療法が、幅広い心理的問題にはACTが適しているかもしれません。
- 時間的制約: 1週間の集中セッションが可能な場合は内観療法、より柔軟なスケジュールを希望する場合はACTが適しているかもしれません。
- 文化的親和性: 日本の文化により親和性を感じる人は内観療法、西洋的なアプローチに興味がある人はACTが適しているかもしれません。
- 目標: 過去の関係性の理解に重点を置きたい場合は内観療法、現在と未来の行動変容に焦点を当てたい場合はACTが適しているかもしれません。
- セラピストの専門性: 利用可能なセラピストの専門性も選択の要因となります。
内観療法とACTの併用の可能性
内観療法とACTは、互いに排他的なものではありません。両者を組み合わせることで、より包括的なアプローチが可能になる場合もあります。例えば:
- 内観療法で過去を探索: まず内観療法を用いて過去の関係性を深く理解します。
- ACTで現在と未来に焦点: その後、ACTを用いて現在の瞬間に注目し、価値に基づいた行動を促進します。
- 相互補完: 内観療法で得られた自己洞察を、ACTの枠組みの中で活用することができます。
- 文化的統合: 日本の伝統的アプローチと現代の西洋心理学を統合することで、より豊かな治療体験が可能になります。
内観療法とACTの実践例
ここでは、内観療法とACTの実践例を紹介します。
内観療法の実践例
田中さん(仮名)は、30代の会社員で、対人関係の問題に悩んでいました。彼は1週間の集中内観に参加しました。
- 1日目:母親について回想を始めました。「してもらったこと」を思い出す中で、母親の献身的な愛情に気づきました。
- 3日目:父親について回想する中で、「迷惑をかけたこと」が多かったことに気づき、罪悪感を感じました。
- 5日目:「して返したこと」があまりないことに気づき、感謝の気持ちと共に、これからの行動を変えたいと思いました。
- 7日目:全体を振り返り、両親や周囲の人々への新たな理解と感謝の気持ちが芽生えました。
内観療法後、田中さんは職場での人間関係が改善し、家族との関係も深まりました。
ACTの実践例
佐藤さん(仮名)は、40代の主婦で、慢性的な不安に悩んでいました。彼女はACTセラピストと週1回のセッションを6週間行いました。
- 1週目:不安症状の詳細を確認し、これまでの対処法について話し合いました。
- 2週目:「思考は思考であり、現実ではない」というACTの概念を学び、不安な思考を客観的に観察する練習を始めました。
- 3週目:マインドフルネス瞑想を導入し、現在の瞬間に注目する練習を行いました。
- 4週目:佐藤さんの価値観を明確にし、「家族との絆を深める」「自己成長」などが重要であることが分かりました。
- 5週目:価値に基づいた具体的な行動計画を立て、実践を始めました。
- 6週目:これまでの進捗を振り返り、今後の継続的な実践について話し合いました。
ACT後、佐藤さんは不安症状に対する新たな対処法を身につけ、より充実した日々を送れるようになりました。
内観療法とACTの今後の展望
内観療法とACTは、それぞれ独自の発展を遂げつつ、相互に影響を与え合う可能性があります。
内観療法の展望
- 国際的認知: 日本発の心理療法として、さらなる国際的認知が期待されます。
- 科学的検証: より多くの実証研究が行われ、効果メカニズムの解明が進むでしょう。
- 応用範囲の拡大: 従来の適用範囲を超えて、新たな問題領域への応用が探索されるかもしれません。
- オンライン内観: コロナ禍を機に、オンラインでの内観実践の可能性が検討されています。
ACTの展望
- エビデンスの蓄積: さらなる研究により、ACTの効果に関するエビデンスが蓄積されていくでしょう。
- デジタル技術との融合: VRやAIなどの技術を活用したACTの新しい形が登場するかもしれません。
- 文化的適応: 様々な文化圏でACTがどのように適応されるか、研究が進むでしょう。
- 他の療法との統合: 認知行動療法やマインドフルネスベースの療法との更なる統合が進む可能性があります。
両療法の統合的アプローチ
- 文化横断的研究: 内観療法とACTを比較する文化横断的研究が増えるかもしれません。
- 統合的モデルの開発: 両療法の長所を活かした新しい統合的モデルが開発される可能性があります。
- 個別化治療: クライアントの特性に応じて、両療法を柔軟に組み合わせる個別化治療が発展するかもしれません。
まとめ
内観療法とACTは、それぞれ独自のアプローチで心の健康を促進する有効な心理療法です。内観療法は過去の対人関係の振り返りを通じて自己洞察を深め、ACTは現在の瞬間に注目し価値に基づいた行動を促進します。
両療法には類似点もありますが、焦点や技法、文化的背景に違いがあります。どちらを選ぶかは個人の状況や好みによって異なりますが、場合によっては両者を組み合わせることで、より包括的なアプローチが可能になるかもしれません。
参考文献
- https://ifs-institute.com
- https://au.reachout.com/mental-health-issues/professional-help/types-of-therapy-cbt-act-dbt-and-ifs
- https://sppc.org.pt/downloads/IFSTherapy/RS_schwartz_moving_from_acceptance.pdf
- http://www.med.u-toyama.ac.jp/neuropsychiatry/research/research03.html
- https://contextualscience.org/act
- https://www.terada-medical.com/column/introspective-therapy/
- https://www.comhbo.net/?page_id=1379
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