内観療法とうつ病

内観療法
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うつ病は現代社会において深刻な問題となっており、多くの人々が苦しんでいます。従来の薬物療法や支持的精神療法では十分な効果が得られない遷延性うつ病の患者さんも少なくありません。そのような中で、日本で生まれた独自の心理療法である内観療法が注目を集めています。本記事では、内観療法とは何か、そしてうつ病治療においてどのような効果があるのかについて詳しく解説していきます。

内観療法とは

内観療法は、1960年代に日本の吉本伊信氏によって開発された心理療法です。元々は浄土真宗の精神修養法である「身調べ」をヒントに作られましたが、宗教色を排除し、誰でも実践できる自己観察法として確立されました。

内観療法の基本は、以下の3つの項目について自己の人生を振り返ることです:

  • してもらったこと
  • して返したこと
  • 迷惑をかけたこと

これらの項目について、主に家族や身近な人との関係性を中心に、具体的な出来事を思い出していきます。この過程を通じて、自己理解を深め、他者への感謝の気持ちや自己の存在価値を再認識することができるとされています。

内観療法には主に2つの形式があります:

  • 集中内観:専門施設や病院で1週間程度寝泊まりしながら集中的に行う
  • 日常内観:日常生活の中で短時間ずつ継続的に行う

特に集中内観では、外界からの刺激を遮断した環境で、朝6時から夜9時まで集中的に内観を行います。1〜2時間おきに面接者が訪れ、思い出したことを話す機会が設けられます。

うつ病に対する内観療法の効果

内観療法は、うつ病、特に遷延性うつ病の治療において効果が報告されています。以下に、いくつかの研究結果を紹介します。

1. 長期的な効果

鳥取大学病院で行われた研究では、23名の遷延性うつ病患者に対して集中内観療法を実施しました。その結果、15名(65.2%)の患者で改善が見られ、その効果は平均24.5ヶ月間持続しました。

改善群では、Global Assessment of Functioning scale (GAF)のスコアが治療前の46.1から治療後の81.8へと大幅に上昇しました。一方、非改善群では45.3から52.8への微増に留まりました。

2. 心理的変化

改善が見られた患者群では、以下のような心理的変化が観察されました:

  • 他者の視点への気づき
  • 自己中心性への気づき
  • 愛情の感覚
  • 自己からの脱却
  • 充実感

これらの変化は、内観療法を通じて深い洞察(内観)を得たことによるものと考えられています。

3. 日常内観の維持効果

集中内観療法の効果を維持するために、日常内観の重要性も指摘されています。47名のうつ病患者を対象とした研究では、集中内観療法後に日常内観を継続した群と継続しなかった群を比較しました。

結果として、日常内観を継続した群では、うつ症状、不安、心身症状のスコアが3ヶ月後も維持されていました。一方、継続しなかった群では、これらのスコアが集中内観療法前のレベルに戻る傾向が見られました。

内観療法の作用メカニズム

内観療法がうつ病に効果を示す理由について、以下のようなメカニズムが考えられています。

1. 認知の変化

内観療法の過程で、患者は過去の出来事を客観的に再認識し、現実的な認知へと修正します。この認知の修正は幼少期にまで遡って行われることが特徴です。

2. 情動の変化

「してもらったこと」の想起を通じて、患者は他者から愛されてきた事実を認識します。一方で、「迷惑をかけたこと」の想起により、自己本位な面に気づき、適度な罪悪感が生じます。

3. 認知と情動の相互作用

認知の変化と情動の変化は相互に影響し合います。感謝の気持ちや報恩の情などの情動の深化が、より深い知的理解を促進し、同時に合理的な考えの修正が情動の深化を促進します。

内観療法の実践方法

内観療法を実践する際の具体的な方法について説明します。

集中内観の場合

  • 専門施設や病院の静かな環境で、6〜7日間寝泊まりします。
  • 朝6時から夜9時まで、屏風で仕切られた空間で内観を行います。
  • 1〜2時間おきに面接者が訪れ、思い出したことを話します。
  • 面接者は共感的な態度で傾聴し、必要最小限の返答をします。

日常内観の場合

  • 毎日決まった時間に、10〜30分程度の内観の時間を設けます。
  • 静かな場所で、3つの項目について思い出します。
  • 思い出したことをノートに記録するのも効果的です。

いずれの場合も、以下の点に注意して内観を行います:

  • 具体的な出来事を思い出すようにします。
  • 判断や評価を加えず、ありのままを思い出します。
  • 特定の人物(例:母親)について、幼少期から現在まで年代順に思い出していきます。

うつ病患者に対する内観療法の適用

うつ病患者に内観療法を適用する際は、以下の点に注意が必要です:

  • 適切な時期の選択急性期のうつ病患者には適さない場合があります。症状が安定してきた時期に開始するのが望ましいでしょう。
  • 医療チームとの連携:内観療法を行う際は、主治医や他の医療スタッフと密に連携を取ることが重要です。
  • 段階的なアプローチ:いきなり集中内観を行うのではなく、まずは日常内観から始め、徐々に内観の時間を延ばしていくのも一つの方法です。
  • 個別化:患者の状態や背景に応じて、内観のテーマや進め方をカスタマイズすることも考慮します。
  • フォローアップ:内観療法後のフォローアップも重要です。定期的な面談や日常内観の継続をサポートすることで、効果の維持・向上を図ります。

内観療法の限界と注意点

内観療法は多くの患者に効果を示していますが、以下のような限界や注意点もあります:

  • 全ての患者に適するわけではない:特に、重度のうつ病や自殺リスクの高い患者には適さない場合があります。
  • 専門的なトレーニングが必要:内観療法を適切に実施するには、専門的なトレーニングを受けた面接者が必要です。
  • 心理的負担:過去の出来事を振り返ることで、一時的に心理的負担が増す可能性があります。
  • 文化的背景の影響:日本で生まれた療法であるため、他の文化圏では効果が異なる可能性があります。
  • 長期的な効果の検証:更なる長期的な追跡調査が必要です。

内観療法とマインドフルネス

近年、内観療法とマインドフルネスの類似点が指摘されています。両者とも、現在の瞬間に注意を向け、判断を加えずに観察するという点で共通しています。

しかし、以下のような違いもあります:

  • 内観療法は過去の出来事に焦点を当てるのに対し、マインドフルネスは現在の瞬間に焦点を当てます。
  • 内観療法は特定のテーマ(3つの項目)に沿って行うのに対し、マインドフルネスはより広範な意識の観察を行います。

これらの違いを踏まえつつ、両者を組み合わせることで、より効果的なアプローチが可能になるかもしれません。

内観療法の国際的な展開

内観療法は日本で生まれた心理療法ですが、近年では国際的にも注目されています。2003年には国際内観療法学会が設立され、世界各地で内観療法の研究や実践が行われるようになりました。

海外での適用例や研究結果を集積し、文化的な違いを考慮しながら内観療法をさらに発展させていくことが今後の課題となるでしょう。

まとめ

内観療法は、うつ病、特に遷延性うつ病の治療において有望な選択肢の一つとなっています。自己と他者との関係性を見つめ直すことで、認知と情動の両面に働きかけ、持続的な改善をもたらす可能性があります。

しかし、内観療法はあくまでも治療の選択肢の一つであり、全ての患者に適するわけではありません医療チームとの連携のもと、患者の状態や背景を十分に考慮した上で適用を検討することが重要です。

また、内観療法の効果をさらに高めるために、日常内観の継続やマインドフルネスとの組み合わせなど、新たなアプローチの可能性も探っていく必要があるでしょう。

うつ病治療の難しさは依然として存在しますが、内観療法はその打開策の一つとなる可能性を秘めています。今後のさらなる研究と実践を通じて、より多くの患者さんが回復への道を見出せることを期待しています。

参考文献

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