【フロイトの原因論/アドラーの目的論】結局どっちが正しい?

アドラー心理学
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フロイトとアドラーを両方とも勉強したら混乱してしまいました!
だって、2人とも言うことが全然違うじゃないですか!
どうすればいいですか?

こんにちは、玉木です。

嫌われる勇気などを通して
アドラー心理学を学ぶと、

フロイトの「原因論」が悪者のように
感じられた方もいるのではないかと思いますが、
実際のところどうでしょうか?

 

アドラーは
過去のトラウマなども否定していて、

・変わりたくない
・恥ずかしい思いをしたくない

といった隠れた目的を達成するために
感情を捏造しているなどと言っていますが、

それは果たして正しいのでしょうか?

 

今回はそのことについて
私なりの結論と
その理由をお伝えします。

原因論と目的論の両方を知って
混乱のある方にとって
役立つかと思いますので
ぜひ最後までお読みください。

 

目次

 

 

現実に対する一つの解釈

まず大前提として
フロイトもアドラーも
科学者でなく思想家に近い方々です。

つまり、彼らの理論は
現実に対する一つの解釈に過ぎないわけです。

解釈というのは「正しい・正しくない」ではなく
あくまで一つのものの見方に過ぎません。

また、フロイトもアドラーも有名人ですし、
偉大な功績を残した方々だとは思いますが
私たちと同じように不完全な人間です。

そんな不完全な存在である
特定の人が作った一つの解釈を
盲信することは考え方が極端になりやすいので注意が必要です。

ただし、極端な考え方を
一つの選択肢として意図的に選ぶなら問題ないです。

フロイトもアドラーも
両方ともを知っている上で

「自分はアドラーの考え方を採用する!」

と決断するのであれば
それは問題ありません。

しかし、
アドラー信者/フロイト信者
のようになってしまうと
人生のバランスを欠くことになるので
注意が必要です。

 

具体的に
フロイトとアドラーの思想について
ざっくり説明すると・・・

フロイトの思想 ≒ 過去→現在→未来
アドラーの思想 ≒ 過去←現在←未来

となります。

結局彼らの考え方の大きな違いは

時間の流れる向きを
どちらに捉えるかの問題なんですね。

・過去があるから現在があり、
 そして未来が作られる・未来の目的があるから現在があり、
 そして過去の見方が変わる

どちらもあり得ますよね。

フロイトとアドラーの
どちらかが正しいのではなく、
どちらも正しいのです。

 

 

両方とも道具

フロイトの原因論もアドラーの目的論も
数あるうちの道具に過ぎません。

道具に振り回されるのではなく
道具を使いこなす必要があります。

 

つまり、

ある時は「原因論」を使い、
ある時は「目的論」を使う

ということが大切です。

 

例えば、
目の前に苦しんでいる人がいたとしたら、

 

【原因論】

「それはあなたでは
どうしようもできなかった
過去の辛い体験があったからで、
 あなたは一切悪ない

 

【目的論】

「あなたは過去の出来事を
行動しない言い訳に利用している。
勇気を持ちましょう。
 人生を変えるには自分を変えるしかありません。」

このような違いがありますが、
どちらかが正しいのではなく、
両方とも必要な考え方です。

私自身としては、

大きな大きな苦しみの中で
もがいている時は「原因論」を採用し、
ある程度、元気が出てきたり、
過去のことにあまりにも
執着している場合は「目的論」を採用する・・・

といったようにすると
適切に援助できるのではないかと考えています。

これはあくまで一例ですが、
とにかくここでお伝えしたいことはということ。
常に同じ正しい答えはないということ。

自分は相手の置かれた環境や状態を見て、
最適な道具を使うことが大切なのです。

 

 

原因論と目的論のバランス

かなりざっくりした説明ですが、

・フロイトの原因論は「過去」志向
・アドラーの目的論は「未来」志向

ですが、
どのようなバランスで
日常生活を遅ればいいのでしょうか?

これは
人生を車で例えるとわかりやすくなります。

 

「未来の目的地と道順、
 目の前の運転、バックミラーを見る時間」

どこに意識を向ける時間が多いでしょうか?

 

おそらく、

目の前の運転 > 未来の目的地と道順 > バックミラー

この順番だと思います。

つまり、

今この瞬間 > 未来 > 過去

なんですね。

普通、過ぎ去った過去の道を見ることはありません。

バックミラーばかりを見ながら
車を運転する人もいませんよね(いたら事故になります)。

また、目的地の写真ばかりを見ながら
運転する人もいないですよね。

 

ですので、

未来の目的地を確認する

一旦忘れて「今この瞬間」に集中

たまに過去を振り返る

このようなバランスが
最も健康的な状態です。

 

 

また、

・フロイトの思想 ≒ 過去→現在→未来
・アドラーの思想 ≒ 過去←現在←未来

ですが、目標設定をするときに、

・過去の自分の経歴や能力に見合った
 現実的な目標を設定する


・過去は一切関係なく理想の未来を決めてしまう

といった違いが出てきます。

これも、
どちらか片方が正しいのではなく
両方とものアイディアを
使いこなすことが大切なのです。

ただ、注意するべきことは、
過去を起点にしても、
未来を起点にしたとしても、

「今この瞬間」「その日1日に何をやるか?」

が最も大切だということです。

 

 

まとめ

①現実に対する一つの解釈
→フロイトもアドラーも思想家
 フロイトの思想 ≒ 過去→現在→未来
 アドラーの思想 ≒ 過去←現在←未来
②両方とも道具
→道具に振り回されてはいけない
 道具を使いこなすことが大切
③原因論と目的論のバランス
→今この瞬間 > 未来 > 過去
過去を起点にしても、未来を起点にしたとしても、
「今この瞬間」「その日1日に何をやるか?」が最も大切

 

私自身の体験ですが、
大学院で心理学を学んでいた時は、
過去の分析にどっぷり
はまっていて精神的に辛かったです。

なので、嫌われる勇気で
初めてアドラー心理学を読んだ時は
あまりにも衝撃的でした。

人は過去の記憶に縛られやすいので
アドラー心理学は非常に大切な考え方だと思います。

かといって、
それだけでは現実の人生を
より良くするのには足りないです。

フロイトとアドラーは
アプローチがかなり違い、
両者は矛盾しているように
感じることもあるでしょう。

 

しかし、

大切なことは、
どちらが正しいかではなく
その矛盾を統合することです。

そうすることで、
極端なフロイト派になることもなく、
極端なアドラー派にもならないことで、
バランスのとれたものの見方ができるようになります。

 

最後までお読みいただき
ありがとうございます。

コメント

  1. シーニー より:

    アドラーの本しか読んでなかったので原因論を詳細に知る為に検索して辿り着きました
    残念ながら詳細には書かれていませんが比較していてなるほどと思ったのでコメントしていきます。

    アドラーの嫌われる勇気に書かれている事はほぼ肯定するんですが
    アドラーの目的論だけは工夫して使わないと暴論になるんですよね

    この記事の
    お腹が痛いから学校を休む→それは学校に行きたくないから作りだしているんだ
    これはさすがに暴論と言わざるを得ない。嫌われる勇気を読んだときにも納得できなかった唯一の部分。
    これについては原因論が正解。さすがにウイルス等が原因の病気をお前が作りだしているんだ。ってそれはあり得ない
     翻訳が悪いのか何なのか。あれほど見事に様々な問題を解決するアドラー心理学だが
    目的論についてはもうちょっと熟考してほしかった。本当に残念な部分。

    ただし原因論も「過去のトラウマがあるからひきこもった」
    こういった場合は正しくない
    なぜなら彼と同じ経験をした人は全員ひきこもるのか?答えはNOだ。
    その出来事をどう捉えたかによって結果が違うわけだから原因論は破綻する。

    これについては目的論が正しく、
    外に出るといじられるから、人の目にさらされるからだから外にでるのは嫌だ。
    という目的があるから外にでないのだ。過去のトラウマなんぞ関係ない
    今考えを変えられれば今すぐにでも外にでられるのだ

    このように状況で使い分けをするという気づきを得ました ありがとうございました

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