【名著解説】②嫌われる勇気/アドラー心理学 Part2

嫌われる勇気
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【名著解説】①嫌われる勇気/アドラー心理学 Part1
...

「嫌われる勇気」を読んだのですが、
ぜんぜん理解できませんでした!!
分かりやすく解説してください!

今回は「嫌われる勇気」の第2回目。

前回は、
目的論中心の解説で、
すべての行動の裏側には
隠れた目的が存在し、
その目的を全ての人が
達成しているという
お話をさせていただきました。

今回は、劣等感を中心に解説します。

・健全な劣等感とは何か?
・不健康な劣等感とは何か?
・優越感とは何か?

などが分かり、
自己理解を深めることができますので
最後までお読みいただけたら幸いです。

 

目次

 

全ての悩みは「人間関係」の悩み

アドラー心理学の
代表的な考え方として、

アドラー先生
アドラー先生

全ての悩みは「人間関係」の悩み

というものがあります。

アドラーによれば、
個人で完結する悩みはなく
他者の存在が必ず関わっているとのこと。

なぜかと言うと、
隠れた「目的」の代表例、

・恥ずかしい思いをしたくない
・傷つきたくない
・失敗したくない

などは必ず、
他者の存在が必要であるからです

 

すべての悩みは、

・「他人」からどう思われるか
・「他人」から何を言われるか

といったことが絡んでおり、
必ず他人が関わっているという意味で、
すべての悩みは人間関係によるものとのこと。

この考えは、
私たちは関係性の中で
成り立つ存在であるので正しいといえます。

アイデンティティー(自分らしさ)も、
自分1人で確立するのではなく
必ず他人との相互作用によってできるので、

突き詰めて考えると、

アドラー先生
アドラー先生

「すべては人間関係の悩みである」

というアドラーの主張は正しいと思っています。

 

 

劣等感の正体

少し話が変わりますが、
劣等感について解説します。

結論から言うと、

劣等感とは
客観的な事実ではなく、
主観的な思い込み

です。

ある客観的な出来事や特徴に
ネガティブな意味付けをすると
劣等感になります。

例えば、
140センチの身長の人は
平均と比べると身長が低いですが、
それをただの特徴の1つと見ていれば
劣等感ではありません。

140センチの身長が、
他人よりも劣っていると評価することによって
劣等感に変わるのです。

ただし、大切なことですが
劣等感そのものは
善でも悪でもありません。

「学歴が低い、劣っている」

という劣等感を持っている人が

「だからこそ人一倍頑張ろう!」

としていれば
それは健全な劣等感です。

 

では、

不健全な劣等感とは何かと言うと、
劣等感を言い訳に使い、
努力や成長、行動などをしなくなる状態です。

アドラーはそれを
劣等コンプレックス」と言い、
劣等感とは明確に区別しています。

 

そもそもですが、人間には、

・向上したい!
・理想の状態を追求したい!

という「優越性の追求」を
本能として持っています。

優越性の追求によって作られた
理想の自分と比べて、

今の自分は劣っている

という劣等感があること自体は
何も問題ではありません。

料理人なら、
理想の状態と比べて

・今の自分は未熟だ
・今の自分はスキルが足りていない
・これではプロとしてやっていけない

「だからより努力しよう」

などと、

劣等感を成長に
つなげられていたら健全です。

 

しかし、

劣等感を言い訳に使い始め、
自己改善をしなくなることが
劣等コンプレックス」であり、
これが問題なんですね。

 

・今の自分は未熟だ
・今の自分はスキルが足りていない
・これではプロとしてやっていけない

「だから無理だ」
「どうせ無理だ」

というのは、
要は強烈な「言い訳」です。

本人も意識していない、

・傷つきたくない
・努力したくない
・現状維持したい

このような目的を達成しているのです。

繰り返しになりますが、
劣等感そのものは善でも悪でもありません。

劣等感を言い訳に使い始め、
停滞してしまうことが
問題なのです。

 

 

自慢する人の正体

劣等感の反対の言葉である
優越感についてはどうでしょうか?

よく他人に自慢することで
優越感を得ようとするタイプの人がいますが、

アドラーによると、
優越コンプレックスの状態です。

 

つまり、

・劣等感を上手く処理できていない
・できない自分を受け入れられない

このような状態なので、
あたかも自分が
優れているかのように振る舞って、
偽りの優越感に浸ろうとするのです。

 

具体的に、

一番代表的なものは、権威付け

経歴詐称や過度なブランド信仰も
一種の優越コンプレックスである
可能性があります。

権威と自分を紐付けて、

「自分が優れているように見せかけたい」

という隠れた目的があるからです。

また、その根底には強烈な劣等感があります。

 

なので、

マウンティングしてくる人は、
優越コンプレックスを患っている人で、
その背景には強烈な劣等感があり、
苦しんでいる可哀想な人と解釈できます。

そういった人との闘いに
参加してしまうと
消耗するだけなので、
スルーすることが
最も賢い選択と言えます。

 

また、

少し特殊なケースとして、
不幸自慢」もある種の
優越コンプレックスとのこと。

不幸であることによって
特別な存在」になろうとしているのです。

なぜかというと、
私たちの文化においては
弱さには非常に強い権力があるから。

赤ん坊は、強いからではなくて
弱いから周りの人を支配しています。

弱さは他人をコントロールする
1つの力にもなり得るわけです。

 

 

人生は他者との競争ではない

・もっと成長した
・もっとより良くなりたい

という、
優越性の追求は
他人との比較ではなく、
理想の自分との比較の中でなら健全です。

つまり、

健全な劣等感というのは、

他人との比較ではなくて
理想の自分との比較であり、

言い訳ではなく
成長につながっている状態ということです。

他人と比較し、
競争の関係にあると、
対人関係の悩みから
逃れることができません。

・Aくんは大企業に就職した
・Bくんは名門大学に入った
・Cくんは素敵な人と付き合っている

などと、
あの人には勝った、あの人には負けた
などと思えば思うほど、
他者を、ひいては世界そのものを
」だとみなすようになってしまいます。

 

一方、

他人との比較や競争の感覚が少なく、
他人を仲間だと感じることができれば
世界の見え方は大きく変わります。

これは仏教の唯識にも通じる考え方で、

「この世界は心が生み出している」

という側面は間違いなくあるので、
心を整えれば世界が変わるということは、
十分にあり得るでしょう。

 

 

人生の目標と乗り越えるべき課題(タスク)

また少し話が変わりますが、

アドラー心理学では、
明確に目標が掲げられています。

行動面
1.自立すること
2.社会と調和して暮らせること

心理面
1.私には能力がある、という意識
2.人々は私の仲間である、という意識

【引用】嫌われる勇気

 

そして、

その途中過程で生まれる
対人関係の課題(タスク)を、

・仕事のタスク
・交友のタスク
・愛のタスク

とし、まとめて

人生のタスク

としています。

3つのタスクは、

仕事 < 交友 < 愛

この順番で、
人間関係が深く親密になり
難易度が上がります。

なぜなら、
人間は不完全な存在なので、
関係が深くなればなるほど
相手のアラが見えてきて
良い関係を築くことが難しくなるからです。

また、このタスクから
逃げようとすることを

アドラー先生
アドラー先生

「人生の嘘」

とアドラーは言います。

本来は、仕事や、友達との関係や、
家族との関係が良い状態である方が
いいと知っているにも関わらず、

それと向き合うことから
《逃げる》という目的を達成するために、
職場や友達や家族・恋人などの
あら探しをしてしまいがちだと言います。

 

個人的には、

・極端なブラック企業
・相手が明らかに意地悪
・あまりにも道徳的でない

このような場合はさっさと関係を切ってしまう事は、
逃げることにはならないのではないかと思います。

しかし、いつも、

・あれが悪い
・これが悪い

とあら探しばかりして、
心を閉ざしてしまうことは、
タスクから逃げる事になるのではと
解釈しています。

 

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

・全ての悩みは人間関係であること
・劣等感は善でも悪でもない
・劣等感を言い訳にすると良くない(劣等コンプレックス)
・優越コンプレックスは強烈な劣等感の裏返し
・人生は他人との競争ではない
・他人を「仲間」だと思えることが大切
・アドラー心理学には人生の目標が明確にあること
・その過程で3つの人生タスク(仕事,交友,愛)があり、それから逃げてはならないということ

などを学んできました。

個人的には、
アドラー心理学は
劣等感や優越感に関する考察が
うまくできているなと思います。

また、私たち全員が目指すべき
人生の目標や課題があることを
明確に示してくれた事は、
私たちが生きる上で非常に参考になるのでるでしょう。

最後まで読みいただき
ありがとうございます。

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